われ(我・吾)

04/11/2016 16:39

アクセントれ]
1.
1-1.
反射代名詞とする説も。]
その人自身。自分。自分自身。おのれ。аз самия; себе си
我を忘れる 我に返る 我にもなく 我を超越する
1-2.
自分のほう。味方。
我に利あり
2.
2-1.
一人称。わたし。わたくし。あれ。わ。1-во л.; аз
我は海の子 我思う、故に我あり
2-2.
[目下の者や身分の低い者に対していう語として、中世以降のもの。]
二人称。目下の者に対して、また相手をののしっていう。おまえ。なんじ。(след Камакура и Муромачи - обръщение към хора с по-ниско от мен положение); 2-ро л.; ти
われ、なかなかやるじゃないか われ、なにをさらす

→われと・我劣らじと・我思う、故に我あり・我か人か・我関せず・我関せず焉《えん》・我こそは・我と思わん者・我に返る・我にもあらず・我にも無く・我はと思う・我も我もと・我を忘れる

用例

1-1.
儀式とどこおりなく済んだその間ただ一つ珍事出来したそれ阿部権兵衛殉死者遺族一人として席順によって妙解院殿位牌進んだとき焼香して退きしな《のきしな》脇差小柄抜き取って押し切って位牌供えたことであるこの詰めていたども不意出来事驚きあきれて茫然として見ていた、権兵衛何事ないように自若として五六退いたとき一人ようよう返って、「阿部殿待ちなされい呼びかけながら追いすがって押し止めた続いて二三立ちかかって、権兵衛別間連れてはいった
森鷗外阿部一族」1913)
 
ということばいつから人間社会発生したものでしょうという言葉もつようになった時期人類ともかく一つ飛躍とげたと思いますなぜなら人間ほか生きもの感覚によって行動してもという言葉表象によってまとめられた観念もっていませんから
 
更にそのという言葉人間同士思いちがいだましあい媒介物となったのはいつからでしょうそしてという近代偽善自己欺瞞シムボルようになったのはいつ時代からでしょうか三文文士この幼稚な読者ごまかし説教壇からこの叫んで戦争煽動最も軽薄な愛人たち彼等さまざまなモメント囁いて一人一人だましています
 
というこんなきたならしい扱いうけていていいでしょうか
 
という言葉もったとき人間悲劇はじまりました人類愛というやかましく叫ばれるときほど飢え寒さ人情刻薄ひどく階級対立鋭く非条理横行します
 
わたし愛しますですからこのドロドロなか溺れている人間すくい出したいと思います
 
どうしたらそれ可能でしょうかわたし方法という観念あっちから扱う方法です人間らしくないすべて事情人間らしくないすべて理窟すべて欺瞞憎みますという感情真実わたしたち働いているときどうして漫画ように肥った両手あわせてつき存在しない何か向って上眼つかっていられましょうこの社会にあっては条理あわないことないようにしてゆくこと憎むべきもの凜然として憎むことそのなくてどこ支えもつでしょうか
 
とか幸福とかいつも人間この社会矛盾生きながら渇望している感覚によって私たちわれわが身だましてゆくことはっきり拒絶したいと思います聖らかであるならそれ純潔な怒り憎悪適切な行動支えられたときだけですそして現代常識として忘れてならぬ一つことにも階級性あるという無愛想な真実です
宮本百合子」1948、冒頭
2-1.
須須許理が醸みし御酒に酔ひにけり事無酒笑酒に和礼《ワレ》酔ひにけり
(「古事記」712)
今日よりは顧みなくて大君醜の御楯出で立つ
(「万葉集奈良時代
ねずみまうけて、「天下並びなき婿とらむ。」おほけなく思ひ企てて、「日天子こそ照らしたまふめでたけれ。」思ひて朝日出でたまふ、「もちて候《さぶら》ふみめかたちなだらかに候ふ参らせむ。」申す、「世間照らすあれども会ひぬればなくなるなり婿取れ。」仰せられければ、「まことに。」思ひて黒き見ゆる会ひてこのよし申す、「をも隠すあれども吹きたてられぬればてもなし婿せよ。」言ふ。「さも。」思ひて山風吹ける向かひてこのよし申す、「をも吹き《きくさ》をも吹きなびかすあれども築地《ついぢ》会ひぬれば力なきなり築地婿せよ。」言ふ。「げに。」思ひて築地このよし言ふ、「にて動かぬあれどもねずみ掘らるるとき耐へがたきなり。」言ひければ、「さてはねずみにもすぐれたる。」とてねずみ婿取りけり
無住ねずみ婿取り」『沙石集鎌倉後期
 越後三条生れなり兼ねたり伯父春庵とて医師なりよりは伯父愛せられて幼きより手習学問こと皆な伯父世話なりし自ら言う異ななれど物覚えよく聞て二三知るほどなりしゆえ伯父なお入れてこのこそ穂垂という苗字知らせまたその生国としてこのをも挙るものなれとていよいよ珍重して教えられ逢えばその吹聴さるる嬉しき思いますます学問入れしゆえ神童言われ十三小学校助教なれり名誉伯父面目ためには三条町幅狭きようにてこのばかりか近郷褒め草ある県令学校巡廻あり講義聴かれて天晴慧しきかなこれまで巡廻せし学校生徒うち比べるなし校長語られたりこの洩れ聞きてさてはこの冠たるのみならず新潟県下第一俊傑なりしこの県下第一ならば全国英雄集まる東京出るとも第二流には落つまじ俄かに気強くなりて密かに握りて打笑みたりこの頃考えには学者政治家などという区別考えなく豪傑英雄というのみにはありしなりさりければなおさらに学問励み新たに来る教師には難問かけて閉口させにはにも伯父にも開かせぬなり十五新潟出て英学せし教師教うるところ低くして満足せず八大家文読み論語さえ講義天下経綸せんとするオメオメと持つ持つ風船乗ってしつつ廻るのと児戯に類する学ばんや東京出でばかかるあるまじ深淵あらねば潜れず東京出て我が才識研ぎ驚かすほど大功業建てる天下第一大学者ならん一詩のこして新潟学校去り在所かえりて伯父出京語りし伯父顰め、「東京にて勉学望むところなりしかしまだ早し卑近なりとて知り覚ゆるだけ方便なり二三新潟にて英学なしその上にて東京出でよ学問にはよらじ上磨きだけ東京にてせよ止められ屈して一年独学したれどはしる如き出京志し弱き手綱繋ぐべきにあらず十七なりし決して伯父乞いもし許されずは出奔せん覚悟様子それ悟りて左まで思わば出京せよ許可得たり
饗庭篁村良夜」1889、冒頭
坂口安吾堕落」1946、冒頭
2-2.
いつわれがおれに酒をくれたぞ
狂言「乞聟」)
そりゃわれが勝手了簡の聞き損ひ
浄瑠璃近松半二新版歌祭文」1780)