てきた(て来た) 連語

19/10/2017 17:11

連語
接続助詞」+動詞くる(来る)」の連用形「き」+助動詞」。

用例

「てきた(て来た)」用例(1909)
「てきた(て来た)」用例(1910年代)
  わが国には古来神道だの儒教だの仏教哲学行なわれておったのであるけれども西洋文明輸入とともに別系統哲学思想新たに明治年間起っ来たすなわちそれ西洋哲学思想刺戟せられてわが国において種々なる哲学的思索促しきたのであるその結果伝統的東洋思想とはおのずから異った哲学思想潮流発生するようになっきた次第である西洋思想真先に輸入されたのは宗教思想すなわちクリスト教であったそれに次いで医学化学物理学植物学兵学など輸入されたのであったけれども明治初年至って哲学論理学心理学など先覚者はじめて注意するところとなって思想界清新気運喚起きたのである
井上哲次郎明治哲学界回顧」1932、冒頭
 三太郎の日記永久に打切りするために從來公にした第一第二との本文その後もの集めた第三加へて此處此の出版する三太郎の日記三十に於ける自分前半期伴侶として色々意味に於いて思ひ出多いものである併しこの通讀する行間に於いて看取する得べきが如く自分次第に此の告白若しくは告白めきたる空想及び思索してゐる堪へなくなつ來た自分最早永久にこの――篇中に於いて最も日記らしい體裁具備する――文章公にすることがないであらうさうして後年再び告白要求痛切に感ずる時期來ても――自分早晩如き時期來ること豫想する――如き形式に於いてそれすること決してないであらう故に自分自分生涯に於ける如き時期葬るために過去現在並びに――將來渉つて自分この文章愛して呉れ若しくは愛して呉れるであらうところの友人親愛表はすためにVolksausgabeに於いてこの殘して置く
阿部次郎合本三太郎の日記 」1950、冒頭
柳田国男/柳田國男まえがき」『海上の道』1961、冒頭
大宅感想四十一年度国民生活白書示された数字国民一人あたり実質所得十年くらべてなっているという高度経済成長さることながら中間層みられるもの世界中どのよりもズバ抜けて広い九〇パーセント達し上層中間層との階級格差きわめて低く教育教養費娯楽レジャー費日本人生活において異常に重要な地位占めるというような現象アメリカソ連中共などとはまたちがった何か世界史上新しい実験意味するものではないかということであった農村長い後進性から脱して中間層化農家ヵ月当たり現金所得平均都市勤労者ほとんど変わりないという総評傘下組合員子弟まで大学はいっているという数字あげられているわれわれこれ加えておよそ従前主権国家概念とは矛盾するような平和憲法世界さきがけて制定内外現実主義者からその危険警告されながらもあえてこれ守り抜いて人間歴史新しい国家在り方示そうとしきた日本人激変ぶりをも世界史的な実験一つ数えねばなるまい広島長崎被爆体験無関係ではないにせよ八月十五負けっぷりその後情勢への適応仕方にもナチス・ドイツなどとは異質な民族知恵ようなもの感じられる
石田英一郎日本文化条件可能性――ある辺境文化特質」『日本文化構造』1972)
「てきた(て来た)」用例(1980年代)