ていました(て居ました)

01/10/2017 20:12

てゐました」]
接続助詞」+動詞いる(居る)連用形い(居)」+助動詞ます」の連用形まし」+助動詞」。
→「
でいました(で居ました)・「ています(て居ます)・「ておりました(て居りました)

用例

自序
美濃部民子
わたくし今年少し得ましたので明治卅三から最近までに作りました自分草稿整理から四百廿壱撰んで此のまとめましたかうしてまとめて置けば他日わたくし子どもたち何かから見附け出し生活記録断片として読んでくれるかも知れないくらゐ考へゐましたのです幸なこと実業之日本社御厚意に由りこのやうに印刷して下さることになりました
ついては奥様この奥様捧げさせて頂くこと何とぞ許し下さいまし
与謝野晶子/與謝野晶子晶子詩篇全集」1929、冒頭
灝気《こうき》薄明《うすあかり》優《やさ》しく会釈しようとして
新しく活溌《かっぱつ》に打っている
こら下界お前ゆうべ曠《むなしゅ》うしなかった
そしてけさ疲《つかれ》直って己《おれ》している
もう快楽を以て取り巻きはじめる
断えず最高存在志ざして
力強い決心働かせているなあ
                  ファウスト第二部
序曲
六月十日 にて
 御無沙汰いたしました今月初めから当地滞在しておりますからよくこんな初夏一度この高原来てみたいものだ言っいましたやっと今度その宿望かなった訣《わけ》ですまだ誰も来ていないので淋しいことはそりあ淋しいけれど毎日気持よい朝夕送っています
堀辰雄「美しい村」1933-34、冒頭
あわただしく玄関あける聞えてそので、眼をさましましたが、それ泥酔の、深夜帰宅にきまっているのでございますから、そのまま黙っていましたЧу се припряно отваряне на входната врата и се съ-будих от него, но тъй като това несъмнено беше среднощ-ното прибиране на пияния ми мъж, продължих да си лежа мълчаливо.
太宰治ヴィヨン」1947)(Дадзай Осаму “Съпругата на Вийон” в превод на Агора София, 2011)
鶴見俊輔戦後日本大衆文化:1845~1980年」1984)
地下室にナイフを忘れていました
(青木栄瞳「野生のセロリ」1999(Ейме Аоки, "Дивата целина" 1999))