三十(さんじゅう)

16/03/2015 04:40

→「さんじゅう(三十・三〇・参拾・30・卅)

用例

  南向き部屋であった明かるい背中した三十ばかり小供黒い揃えて塗板《ぬりばん》眺めていると、廊下から先生這入って来た先生低い大きい瘠せたで、から掛けて爺汚《じじむさ》く生えかかっていたそうしてそのざらざらした触《さわ》る着物薄黒く垢附《あかづ》いて見えたこの着物と、この不精に延びると、それからかつて小言云った事がない先生みなから馬鹿にされていた
夏目漱石「紀元節」『永日小品』1909、冒頭
森鷗外阿部一族」1913)
  三太郎の日記永久に打切りするために從來公にした第一第二との本文その後もの集めた第三加へて此處此の出版する三太郎の日記三十に於ける自分前半期伴侶として色々意味に於いて思ひ出多いものである併しこの通讀する行間に於いて看取する得べきが如く自分次第に此の告白若しくは告白めきたる空想及び思索してゐる堪へなくなつて來た自分最早永久にこの――篇中に於いて最も日記らしい體裁具備する――文章公にすることがないであらうさうして後年再び告白要求痛切に感ずる時期來ても――自分早晩如き時期來ること豫想する――如き形式に於いてそれすること決してないであらう故に自分自分生涯に於ける如き時期葬るために過去現在並びに――將來渉つて自分この文章愛して呉れ若しくは愛して呉れるであらうところの友人親愛表はすためにVolksausgabeに於いてこの殘して置く