立った(たった)
23/12/2011 19:16
用例
二階の手摺に湯上りの手拭《てぬぐい》を懸けて、日の目の多い春の町を見下すと、頭巾を被《かむ》って、白い髭を疎《まば》らに生やした下駄の歯入が垣の外を通る。古い鼓を天秤棒に括りつけて、竹のへらでかんかんと敲くのだが、その音は頭の中でふと思い出した記憶のように、鋭いくせに、どこか気が抜けている。爺さんが筋向《すじむこう》の医者の門の傍《わき》へ来て、例の冴え損なった春の鼓をかんと打つと、頭の上に真白に咲いた梅の中から、一羽の小鳥が飛び出した。歯入は気がつかずに、青い竹垣をなぞえに向《むこう》の方へ廻り込んで見えなくなった。鳥は一搏《ひとはばたき》に手摺の下まで飛んで来た。しばらくは柘榴の細枝に留っていたが、落ちつかぬと見えて、二三度身ぶりを易《か》える拍子に、ふと欄干に倚りかかっている自分の方を見上げるや否や、ぱっと立った。枝の上が煙《けむ》るごとくに動いたと思ったら、小鳥はもう奇麗な足で手摺の桟《さん》を踏まえている。
(夏目漱石「心」『永日小品』1909、冒頭)
従四位下侍従兼肥後守光尚の家督相続が済んだ。家臣にはそれぞれ新知、加増、役替えなどがあった。中にも殉死の侍十八人の家々は、嫡子にそのまま父のあとを継がせられた。嫡子のある限りは、いかに幼少でもその数には漏れない。未亡人《びぼうじん》、老父母には扶持が与えられる。家屋敷を拝領して、作事までも上《かみ》からしむけられる。先代が格別入懇にせられた家柄で、死天の旅のお供にさえ立ったのだから、家中のものが羨みはしても妬みはしない。
(夏目漱石「心」『永日小品』1909、冒頭)
従四位下侍従兼肥後守光尚の家督相続が済んだ。家臣にはそれぞれ新知、加増、役替えなどがあった。中にも殉死の侍十八人の家々は、嫡子にそのまま父のあとを継がせられた。嫡子のある限りは、いかに幼少でもその数には漏れない。未亡人《びぼうじん》、老父母には扶持が与えられる。家屋敷を拝領して、作事までも上《かみ》からしむけられる。先代が格別入懇にせられた家柄で、死天の旅のお供にさえ立ったのだから、家中のものが羨みはしても妬みはしない。
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