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耳(みみ)

13/11/2017 09:31

→「みみ(耳)

用例

[発表年順]
 このあいびき先年仏蘭西《フランス》死去した露国では有名な小説家ツルゲーネフという端物《はもの》です今度徳富先生依頼訳してみました訳文我ながら不思議とソノ何んだこれでも原文きわめておもしろいです
 
九月中旬というころ一日自分さる座していたことあッた今朝から小雨降りそそぎその晴れ間にはおりおり生ま煖《あたた》かな日かげ射してまことに気まぐれな空ら合いあわあわしい白ら雲空ら一面棚引くかと思うとフトまたあちこち瞬く間雲切れしてむりに押し分けたような雲間から澄みて怜悧《さか》し気《げ》に見えるごとくに朗《ほがら》かに晴れた蒼空のぞかれた自分座して四顧してそして傾けていた木の葉頭上幽《かす》かに戦《そよ》いだその聞たばかりでも季節知られたそれ春先するおもしろそうな笑うようなさざめきでもなくゆるやかなそよぎでもなく永たらしい話し声でもなくまたおどおどしたうそさぶそうなお饒舌《しゃべ》りでもなかッたただようやく聞取れる聞取れぬほどしめやかな私語であったそよ吹く忍ぶように木末伝ッた照る曇るじめつくようす間断なく移り変ッたあるいはそこありとあるすべて一時微笑したように隈なくあかみわたッてさのみ繁くないほそぼそとした思いがけず白絹めくやさしい光沢《つや》帯び地上散り布《し》いた細かな落ち葉にわかに映じてまばゆきまでに金色《こんじき》放ち頭《かしら》かきむしッたような「パアポロトニク」(類いみごとなしかも熟《つ》えすぎた葡萄めく帯びた際限なくもつれからみして目前透かして見られた
ツルゲーネフ作、二葉亭四迷訳「あひゞ」1888、冒頭
 寝ようと思って次の間出ると、炬燵臭《におい》ぷんとした帰りに、強過ぎるようだから気をつけなくてはいけない妻《さい》注意して自分部屋引取ったもう十一過ぎているごとく安らかであった寒い吹かず半鐘応えなかった熟睡世界盛り潰したように正体失ったРеших да си лягам и като излязох и минах в стаята, прилежаща на дневната, миризмата от огъня в печката котацу ме блъсна в носа. На връщане от тоалетната предупредих  жена си, че огънят е прекалено силен и трябва да внимава и се оттеглих в стаята си. Вече минаваше единадест. Сънят ми бе както винаги спокоен. Макар и студено, не духаше и вятър, и звънът от сигналната камбана не дразнеше слуха ми. Изгубих съзнание, сякаш дълбокият сън до припадък бе опиянил света на течащото време.
夏目漱石「泥棒」『永日小品』1909、冒頭、В превод на Агора София, 2011)

 ヴィヤグラ、インド語バグ、インドタミル語ピリ、ジャワマチャム、マレーリマウ、アラブニムル、英語タイガー、その他欧州諸国大抵これ似おりいずれもギリシアラテンチグリス基づくそのチグリスなるペルシア語チグリ(より出で駛く走る飛ぶ比べたるに因るならんというわが国でも古来実際見ずに千里走る信じ戯曲清正捷疾《すばやさ》賞して千里一跳虎之助など洒落て居るプリニ博物志に拠れば生きたローマ人初めて見たのはアウグスッスだったそれより欧州人実物見る極めてだったから捕うるため跳る疾さペルシア飛ぶ比べた聞き違えてプリニ二十五こんな《こと》述べて居る曰くヒルカニアインドあり疾く走る驚くべし多く産むそのことごとく取り去られた最も疾く走る例えば猟夫《ひま》乗じその子供取りて替えて極力馳せ去るもとより一向世話焼かず帰って覚る直ちに《におい》嗅いで尋ねごとく走り追うその近くなる猟夫虎の子一つ落すこれ銜えて奔り帰りそのをきてまた猟夫追うまた一つ落す拾い伴い帰りてまた拾い奔るかかる猟師余すところ子供全うして乗る立ちて望み見ていたずらに惆恨しかれども十七世紀には欧人東洋航して親《まのあた》り活きた自然生活まま観察した多くなりほど長途疾く走るものでない解ったので英国サー・トマス・ブラウン俗説弁惑《プセウドドキシヤ・エピデミカ》』プリニ破り居る李時珍いうその象《かたど》る唐音フウ、フウ吼えるそのそのまましたというんだこれしかるべき凡てどこでもオノマトープとて動物そのとしたすこぶる多い往年学芸志林浜田健次郎わが国詳しく述べられた異名多くある以後しばしば大虫呼んだ見える大きな動物すなわち大親分尊称したらしいスウェーデン牧牛女《うしかいめ》黙者《だんまり》、灰色《はいいろあし》、金歯《きんば》など呼び老爺《おやじ》、大父《おおちち》、十二《にんりき》、金脚《きんあし》など名づけ決してその本名呼ばずまた同国小農輩キリスト昇天日第二言わずいずれもその避けんため(ロイド『瑞典小農生活《ピザント・ライフ・イン・スエデン》』)。カナリース本名言わずベンガルでは必ず叔父ははかたおじ唱う(リウィス『錫蘭セイロン俗伝』)。わが邦にも諸職各々忌詞《いみことば》あって、『北越雪譜杣人《そまびと》猟師から女根まで決して本名称《とな》えぬ挙げ熊野でも巫輩《みこども》山の神また御客様など言い山中天狗天狗呼ばず高様《たかさま》と言ったまた支那李耳《りじ》称う郭璞《かくはく》食う値《あ》えばすなわち止《や》む故に李耳呼ぶその触るればなり〉、応劭《おうしょう》南郡化けた李耳名づくと言った李時珍これとし李耳狸児《りじ》訛《なま》ったので今も支那呼んで為すと言った日本専らたぬき訓《よ》ます支那ではたぬきほか学名フェリス・ヴィヴェリナ、フェリス・マヌル野猫をも呼ぶしたがって野狸別《わか》たんとて家狸異名因って想うに仏経罵って小蛇子と言うごとく狸児蔑して児猫といった意味だろうこれ似て日本擬《なぞら》えた『世事百談』とは大小剛柔遥かに殊《こと》なるといえどもその形状類する絶えて能く似たりされば我邦古《いにし》え手飼の虎いえる古今六帖浅茅生《あさぢふ》の小野篠原いかなれば手飼の虎伏所《ふしどころ》なる」、また源氏物語女三宮見えたり唐土《もろこし》小説山猫という事、『西遊記十三虎穴陥って金星解《とりのぞ》くいえる「〈伯欽道《い》う是個《こ》の山猫来れり云々見る一隻班爛虎〉」あり云々」、これ伯欽恃《たの》んで山猫蔑語したのだ
南方熊楠関する史話伝説民俗」『十二支』1914-23、冒頭
 敗戦後知り合うようになった新しい作家たち限りない親しみ感ずる彼等互いに相手とは違ったやり方違った場所現実模索する時には相手たまらなく厭な臭気嗅ぎつけ相手価値ゼロ認めたりするそれでも彼等次第に仲間どうし理解深めて行く。「日本戦争敗けなかったらお前たち生れなかったのだぞという叱責彼等かすめる或はさまざまなレッテル巧妙なすばやさ彼等肉体貼りつけられるしかし彼等お互いに共通被害者ぶって相手同じ防火頭巾かぶろうとはしないそのような便利な頭巾ないからこそ彼等言葉による表現という厄介な火焔一人一人自分流投じたのだ育ち性格異にする才能たち突如として自分たち各々場所から駆り出され自分とは全く別種表情言葉づかい持つ仲間邂逅したこといぶかしさ感ぜずにはいられない突如として彼等見なれない武装裸身そこ見出したのだ
(つげ義春「ゲンセンカン主人」1968)
(村上春樹「UFO釧路降りる」1999、冒頭
を澄ませればいいんだ田村カフカ君」と大島さんは言う、「を澄ませるんだ。はまぐりのように注意深く」”Просто дръж ушите си отворени,Кавка-отвръща Ошима. – Представи си, че си мида и се вслушай в себе си.”
(村上春樹「海辺のカフカ」2002、Харуки Мураками “Кафка на плажа” 2002, превод от англ. Людмил Люцканов)
[発表年未詳・筆者生年順]