ようす(様子・容子)

14/11/2017 09:47

やうす(様子)」「ようす(容子)」]
[「す(子)」は唐音。]
アクセント:ようすヲ
1.
外から見て分かるような、その場の物事のありさま。状況。状態。情勢。видът/ положението/ състоянието на нещата така, както изглежда отвън в даден момент

こちらの様子を報告する 当時の様子を知る人човек, който знае как са изглеждали нещата по това време/ какво е било тогавашното положение 室内の様子をうかがう 土地の様子に明るい人
2.

わけ。事情。子細。причина; обстоятелство
何か様子がありそうだ。Май има нещо. 様子ありげな顔つき 様子ありげにひそひそと話をしている二人
3.

身なり。姿。なりふり。風采。това, как изглежда човек ; вид, фигура на човек

様子のいい人добре изглеждащ човек みすぼらしい様子で長旅から帰ってきた。Прибрах се от дългото пътуване в окаян вид.
4.

そぶり。態度。身のこなし。отношение; поведение; държане; вид

悲しそうな様子をしているизглеждам тържен; имам тъжен вид 様子がおかしいизглеждам странен; има ми нещо 手持ち無沙汰な様子でいる 最近の彼女には少し疲れた様子が見える
5.

物事の成り行き。стечението/ развитието/ положението на нещата
少し交渉の様子を見守ろう。Нека известно време да проследим развитието на/ положението при преговорите.
6.

物事の気配。きざし。形跡。兆候。знак, изглед, признак за (случването на) нещо

降り出しそうな様子だ。Изглежда като, че ще завали. なかなか帰る様子もない客гости, които никак няма изглед да си тръгнат; гости, които не показват никави признаци, че (скоро) ще си тръгват
7.

もったいぶること。思わせ振り。придаване си важност; превезето/ преиграващо поведение
 
→様子を作る
 
用法
様子」「ありさま
・「この町の様子/ありさまもすっかり変わってしまった」「戦場の悲惨な様子/ありさま」など、状況という意味では相通じて用いられる。
・「様子」の方が一般的に用いられ、意味の範囲も広い。「最近の彼はどうも様子がおかしい」「何か隠している(ような)様子だ」「この契約はまとまりそうな様子だ」など、外見だけでなく、そこから受ける印象も「様子」には含まれる。この用法は「ありさま」にはない。
・「ありさま」は外から見える状況の意が中心になる。「一人前に扱ってやろうと少し自由にさせると、すぐこのありさまだ」のように、結果として生じた状況を表す用法は「様子」にはない。
(参考:「大辞泉」など。)

用例

1.
[発表年順]
 このあいびき先年仏蘭西《フランス》死去した露国では有名な小説家ツルゲーネフという端物《はもの》です今度徳富先生依頼訳してみました訳文我ながら不思議とソノ何んだこれでも原文きわめておもしろいです
 
九月中旬というころ一日自分さる座していたことあッた今朝から小雨降りそそぎその晴れ間にはおりおり生ま煖《あたた》かな日かげ射してまことに気まぐれな空ら合いあわあわしい白ら雲空ら一面棚引くかと思うとフトまたあちこち瞬く間雲切れしてむりに押し分けたような雲間から澄みて怜悧《さか》し気《げ》に見えるごとくに朗《ほがら》かに晴れた蒼空のぞかれた自分座して四顧してそして傾けていた木の葉頭上幽《かす》かに戦《そよ》いだその聞たばかりでも季節知られたそれ春先するおもしろそうな笑うようなさざめきでもなくゆるやかなそよぎでもなく永たらしい話し声でもなくまたおどおどしたうそさぶそうなお饒舌《しゃべ》りでもなかッたただようやく聞取れる聞取れぬほどしめやかな私語であったそよ吹く忍ぶように木末伝ッた照る曇るじめつくようす間断なく移り変ッたあるいはそこありとあるすべて一時微笑したように隈なくあかみわたッてさのみ繁くないほそぼそとした思いがけず白絹めくやさしい光沢《つや》帯び地上散り布《し》いた細かな落ち葉にわかに映じてまばゆきまでに金色《こんじき》放ち頭《かしら》かきむしッたような「パアポロトニク」(類いみごとなしかも熟《つ》えすぎた葡萄めく帯びた際限なくもつれからみして目前透かして見られた
ツルゲーネフ作、二葉亭四迷訳「あひゞ」1888、冒頭
 二人二階並べていたその赤黒く光った様子ありありと二十今日《こんにち》までも、残っている部屋北向で、高さ足らぬ小窓を前に二人喰っつけるほど窮屈な姿勢下調《したしらべ》した部屋薄暗くなると、寒いのを思い切って窓障子明け放ったものであるその真下家《うち》の、竹格子若いぼんやり立っている事があった静かな夕暮などその姿際立って美しく見えた折々ああ美しい思ってしばらく見下《みおろ》していた事もあったけれども中村には何にも言わなかった。中村も何にも言わなかった
夏目漱石「変化」『永日小品』1909、冒頭
森鷗外阿部一族」1913)
森鷗外」1913)
[発表年未詳・筆者生年順]
 人聲
入らばこのゆふべ
 あふれむ、――
 もの言ふなかれ。(哀果)
石川啄木(1886-1912)「新しい味ひ冒頭
4.
うん」と権兵衛は言ったが、打ち解けた様子ない。権兵衛はどもいたわっているが、やさしく物をいわれぬであるそれに何事一人考えて一人したがる相談というものめったにしないそれで弥五兵衛も市太夫も念を押したのである
森鷗外阿部一族」1913)
森鷗外阿部一族」1913)
森鷗外阿部一族」1913)
6.
 越後三条生れなり兼ねたり伯父春庵とて医師なりよりは伯父愛せられて幼きより手習学問こと皆な伯父世話なりし自ら言う異ななれど物覚えよく聞て二三知るほどなりしゆえ伯父なお入れてこのこそ穂垂という苗字知らせまたその生国としてこのをも挙るものなれとていよいよ珍重して教えられ逢えばその吹聴さるる嬉しき思いますます学問入れしゆえ神童言われ十三小学校助教なれり名誉伯父面目ためには三条町幅狭きようにてこのばかりか近郷褒め草ある県令学校巡廻あり講義聴かれて天晴慧しきかなこれまで巡廻せし学校生徒うち比べるなし校長語られたりこの洩れ聞きてさてはこの冠たるのみならず新潟県下第一俊傑なりしこの県下第一ならば全国英雄集まる東京出るとも第二流には落つまじ俄かに気強くなりて密かに我と握りて打笑みたりこの頃考えには学者政治家などという区別考えなく豪傑英雄というのみにはありしなりさりければなおさらに学問励み新たに来る教師には難問かけて閉口させにはにも伯父にも開かせぬなり十五新潟出て英学せし教師教うるところ低くして満足せず八大家文読み論語さえ講義天下経綸せんとするオメオメと持つ持つ風船乗ってしつつ廻るのと児戯に類する学ばんや東京出でばかかるあるまじ深淵あらねば潜れず東京出て我が才識研ぎ驚かすほど大功業建てる天下第一大学者ならん一詩のこして新潟学校去り在所かえりて伯父出京語りし伯父顰め、「東京にて勉学望むところなりしかしまだ早し卑近なりとて知り覚ゆるだけ方便なり二三新潟にて英学なしその上にて東京出でよ学問にはよらじ上磨きだけ東京にてせよ止められ屈して一年独学したれどはしる如き出京志し弱き手綱繋ぐべきにあらず十七なりし決して伯父乞いもし許されずは出奔せん覚悟様子それ悟りて左まで思わば出京せよ許可得たり
饗庭篁村良夜」1889、冒頭
 
早稲田移ってからだんだん瘠せて来たいっこうに小供遊ぶ気色ない当る縁側寝ている前足揃えたに、四角載せてじっと植込眺めたままいつまでも動く様子見えない小供いくらその騒いでも知らぬ顔している小供でも初めから相手しなくなったこのとても遊び仲間できない云わんばかりに、旧友他人扱いしている小供のみではない下女ただ三度食《めし》を、台所置いてやるだけそのほかには、ほとんど構いつけなかったしかもそのたいてい近所いる大きな三毛猫来て食ってしまった別に怒る様子なかった喧嘩するところ見た試しないただじっとして寝ていたしかしそのどことなく余裕《ゆとり》ない伸んびり楽々とに、日光領しているのと違って動くべきせきないために――これでは、まだ形容足りない來懶《ものう》さあるまで通り越して動かなければ淋しいが、動くなお淋しいので我慢してじっと辛抱しているように見えたその眼つきは、いつでも植込見ているが、彼れおそらく木の葉も、意識していなかったのだろう青味がかった黄色い瞳子《ひとみ》を、ぼんやり一と所《ひとところ》落ちつけているのみである彼れ家《うち》小供から存在認められぬように自分でも世の中存在判然《はっきり》と認めていなかったらしい。Откакто се преместихме във Васеда, котката постепенно отслабна. Непоказва ни най-малък признак на желание да играе с децата. Когато слънцето напича, се излежава на тясната дъсчена верандичка. Поставил четвъртитата си брадичка върху събраните си предни крачета и вперил поглед в гъстълака в двора, без какъвто и да е признак на движение. Колкото и децата да вдигат врява наоколо му, прави се, че не ги забелязва. А и те също, още от началото спряха да му обръщат внимание. С тази котка не може да се играе – само дето не казват и се отнасят към стария си приятел като към непознат. И не само децата; прислужницата, освен дето по 3 пъти на ден му оставяше храна в ъгълчето на кухнята, почти въобще не му обръщаше внимание. При това, тази храна в повечето случаи идваше и я изяждаше една голяма шарена котка на бели, черни и кафяви петна, която се навърташе в района около нас. Нашата котка нямаше вид да се сърди особено. Изглеждаше сякаш достигнал вече някъде отвъд предела на апатичност и безразличие, нещастатен е, когато не помръдва, като че ли нещо му липсва, ала още по-нещастен е, когато се раздвижи и затова се сдържа, търпи безропотно. Погледът му бе всякога отправен към гъстълака в двора, ала той навярно не осъзнаваше нито листата на дърветата, нито формата на стволовете им. Просто вяло е спрял жълто-зеленикавите си очи върху една точка. Така както съществуването му бе пренебрегвано от децата и той самият също изглежда не възприемаше ясно съществуващото в света около себе си.
夏目漱石「猫の墓」『永日小品』1909、冒頭、В превод на Агора София, 2011)
うん」と権兵衛は言ったが、打ち解けた様子ない。権兵衛はどもいたわっているが、やさしく物をいわれぬであるそれに何事一人考えて一人したがる相談というものめったにしないそれで弥五兵衛も市太夫も念を押したのである。(森鷗外阿部一族」1913)
弥五兵衛以下一同もの寄り集まって評議した。権兵衛所行不埓には違いないしかし亡父弥一右衛門とにかく殉死者うち数えられているその相続人たる権兵衛でみれば賜うこと是非ない武士らしく切腹仰せつけられれば異存ないそれに何事奸盗かなんぞように白昼縛首せられたこの様子推すれば一族もの安穏には差しおかれまいたとい別に御沙汰ないにしても縛首せられたもの一族何の面目あって傍輩立ち交わって奉公しようこの上は是非およばない何事あろうとも兄弟わかれわかれなるな、弥一右衛門殿言いおかれたこのときことである一族討手引き受けてともに死ぬるほかはない一人異議称えるものなく決した
森鷗外阿部一族」1913)
7.
どうも見て居られぬ程に
様子を売る男で有ッた
(ツルゲーネフ作、
二葉亭四迷訳「あひゞ」1888)