新聞(しんぶん)

13/08/2014 18:43

→「しんぶん(新聞)

用例

[発表年順]
当時流行の訳書を読み世間に奔走して内外の新聞を聞き
福沢諭吉学問のすゝめ」1872-76)
ナオミは毎朝十一時まで、起きるでもなく睡るでもなく、寝床の中でうつらうつらと、煙草を吸ったり新聞読んだりしてゐます。煙草はディミトリノの細巻新聞新聞、それから雑誌のクラシックやヴォーグを読みます。Всяка сутрин до 11 часа Наоми , нито да кажеш, че става, нито – че спи, сънено, в полудрямка ту си запалва цигара, или си чете вестник. Цигарите са Димитрино тънки, вестникът – “Мияко Шинбун” ( “Столичен Вестник”); също списания – чете (си) “Вог” или “Класик.”
谷崎潤一郎痴人の愛」1924-1925, Джун-ичиро Танизаки “Любовта на един глупак”, 1924-1925)
マッカーサー元帥軍人としてはあらゆる種類共産主義に対してはっきりと反対その故にソビエト・ロシア中国共産党共産主義中国に対する軍事行動についてタカ派態度とりました米国国内政治について保守主義者でしたところが日本について天皇立つ行政最高責任者としてマッカーサー改革への方向元気づける家父長的な態度とりつづけました自身日本について持っていた意見一九五一日本離れて米国議会行なった演説正直に現われていますこの演説によれば日本人一二精神年齢そうですこの演説当時日本新聞発表されてそれまで日本国民に対するマッカーサー元帥善意完全な信頼おくこと慣れてきた日本人怒らせました疑いなくマッカーサー日本人に対して善意持っていたのですがそれ自身主観においておとな一二少年少女に対して持っている種類善意でした
鶴見俊輔戦後日本大衆文化:1845~1980年」1984
[発表年未詳・筆者生年順]
所謂文壇復活したる蘇峰先生時務一家言引続いて世界変局及び大正政局史論出し更に去年より筆硯新たにして大正青年帝国前途なる一篇公にした始め新聞掲載されて居つたにはどれ丈け世間耳目惹いた知らない十一月初め一部纏まつた著書として公にさるる非常評判を以て全国読書界迎へられ瞬く間数十売り尽した国民新聞云つて居る蘇峰先生盛名国民新聞広告を以て驚くべき多数読者得たといふ固より怪しむ足らぬけれども而かも旬日ならずして売行数ふるといふのは兎にも角にも近来稀なるレコードである是れ丈け沢山読まれたといふ自身既に吾人をして問題たらしめる値打ある況んや蘇峰先生反動思想些《いささ》か擡げんとしつつある今日に於て少からず社会注目惹くべきに於てをや
吉野作造(1878-1933)「蘇峰先生大正青年帝国前途読む冒頭
少し前のことですが、こんな記事新聞で読んだことがあります。小学三年生の子どもを毎日プールに連れてきている母親の話。なぜ、そんなことをするのか。「将来受験にそなえての体力づくりです」というのが、その答えです。Преди време в един вестник прочетох следната статия. Ставаше дума за една майка, която всеки ден води детето си на басейн. Отговорът на въпроса, защо го прави, беше: “Като физическа подготовка за полагането на кандидат-студентските изпити в бъдеще”.
(宮田光雄「きみたちと現代 生きる意味を求めて」1980)