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当主(とうしゅ)

15/10/2012 08:15

とうしゅ(当主)

用例

五助は二人扶持切米取りで、忠利の牽きである。いつも鷹狩して野方《のかた》で忠利の気に入っていた主君ねだるようにして殉死許し受けた家老たち言った。「ほか方々高禄賜わって栄耀《えよう》したのにそち殿様牽きではないかそち殊勝で、殿様許し出たのは、この上もない誉れじゃもうそれよいどうぞ死ぬることだけ思い止まって当主奉公してくれい」と言った
森鷗外阿部一族」1913)
政道地道である限りは、咎め帰するところ問うものない一旦変った処置あると、捌きという詮議起る当主覚えめでたく去らずに勤めている大目附に、林外記というものある小才覚あるので、若殿時代お伽には相応ていたが、大体見ることにおいておよばぬところあってとかく苛察傾きたがるであった。阿部弥一右衛門は故殿許し得ずに死んだのだから殉死者と弥一右衛門とのには境界つけなくてはならぬ考えたそこで阿部俸禄分割献じた。光尚も思慮ある大名ではあったが、まだ物馴れぬときことで、弥一右衛門や嫡子権兵衛と懇意でないために思いやりなく自分手元使って馴染みある市太夫がために加増なるというところ目をつけて、外記の用いたのである
森鷗外阿部一族」1913)
いよいよ当日なったうららかな日和霊屋そば盛りである。向陽院周囲には引き廻わして歩卒警護している当主みずから臨場してまず先代位牌焼香ついで殉死者十九位牌焼香するそれから殉死者遺族許されて焼香する同時に紋附上下時服拝領する馬廻以上長上下徒士半上下である下々香奠拝領する
森鷗外阿部一族」1913)
権兵衛詰衆尋ねられて答えたところこうである貴殿それがし乱心者ように思われるであろう全くさようなわけではない弥一右衛門一生瑕瑾ない奉公いたしたればこそ故殿許し得ずに切腹しても殉死者加えられ遺族たるそれがしさえ他人さきだって位牌焼香いたすこと出来たのであるしかしそれがし不肖にして同様奉公なりがたい《かみ》にも承知見えて知行割いてどもおつかわしなされたそれがし故殿にも当主にも亡きにも一族どもにも傍輩にも面目ないかように存じているうち今日位牌焼香いたす場合なりとっさ感慨迫りいっそのこと武士棄てよう決心いたした場所柄顧みざる咎め甘んじて受ける乱心などいたさぬというのである
森鷗外阿部一族」1913)
数馬傍輩から、外記自分推してこのたび当らせたのだ聞くや否や即時に討死しよう決心したそれどうしても動かすこと出来ぬほど堅固な決心であった。外記ご恩報じさせると言ったということであるこのはからず聞いたのであるが実は聞くまでもない、外記薦めるにはそう言って薦めるにきまっているこう思う、数馬立ってもすわってもいられぬような気がする自分先代引立てこうむったには違いないしかし元服してからのち自分いわば大勢近習うち一人別に出色扱い受けていないには誰も浴しているご恩報じ自分に限ってしなくてはならぬというのはどういう意味言うまでもない自分殉死するはずであったのに殉死しなかったから命がけ場所やるというのである何時でも喜んで棄てるさきにしおくれた殉死代りに死のうとは思わない惜しまぬ自分なんで先代中陰果て惜しんだであろういわれないことである畢竟どれだけ入懇になった殉死するというはっきりしたない同じように勤めていた近習若侍うちに殉死沙汰ないので自分ながらえていた殉死してよいことなら自分よりもさきにするそれほどことにも見えているように思っていたそれにとうにするはず殉死せずにいた人間として極印打たれたのはかえすがえすも口惜しい自分すすぐこと出来ぬ汚れ受けたそれほど加えることあの外記でなくては出来まい。外記としてはさもあるべきことであるしかし殿様なぜそれお聴きいれになった。外記傷つけられたのは忍ぶこと出来よう殿様棄てられたのは忍ぶこと出来ない島原乗り入ろうとしたとき先代お呼び止めなされたそれ馬廻りものわざと先手加わるお止めなされたのであるこのたび当主怪我するなおっしゃるのはそれとは違う惜しいいたわれおっしゃるのであるそれなんのありがたかろう古い新たに鞭うたれるようなものであるただ一刻早く死にたい死んですすがれる汚れではない死にたい犬死でもよいから死にたい
森鷗外阿部一族」1913)