先代(せんだい)

15/10/2012 07:56

せんだい(先代)

用例

自分親しく使っていた彼らが、惜しまものであるとは、忠利は信じているしたがって殉死苦痛せぬこと知っているこれ反してもし自分殉死許さずにおいて彼ら生きながらえてたらどうであろうか。家中一同彼ら死ぬべきとき死なものとし恩知らずとし卑怯者としともに歯《よわい》せであろうそれだけならば彼らあるいは忍んでを光尚に捧げるとき来る待つかも知れないしかしその恩知らずその卑怯者それ知らずに先代主人使っていたのだ言うものあったら、それ彼ら忍びことであろう彼らどんなに口惜しい思いするであろうこう思ってみると、忠利は「許す」と言わずにはいられないそこで病苦にも増しせつない思いながら、忠利は「許す」と言っのである
森鷗外阿部一族」1913)
宮永は二人扶持台所役人で、先代殉死願った最初であった
森鷗外阿部一族」1913)
市太夫も五太夫も島原軍功新知二百石もらって別家しているが、中にも市太夫は早くから若殿附きなっていたので代替りなって羨まれる一人である。市太夫が膝を進めた。「なるほどようわかりました実は傍輩言うには、弥一右衛門殿先代遺言続いて奉公なさるそうな親子兄弟相変らず揃うて勤めなさるめでたいことじゃ言うでござりますその何か意味ありげ歯がゆうござりました
森鷗外阿部一族」1913)
四位侍従肥後光尚の家督相続済んだ家臣にはそれぞれ新知加増役替えなどあった中にも殉死十八は、嫡子そのままあと継がせられた嫡子ある限りは、いかに幼少でもそのには漏れない未亡人《びぼうじん》、父母には扶持与えられる家屋敷拝領して作事までも《かみ》からしむけられる先代格別入懇せられた家柄で、死天の旅さえ立ったのだから、家中もの羨みしても妬みしない
森鷗外阿部一族」1913)
寛永十九三月十七なった先代殿様一週忌である霊屋《おたまや》そばにはまだ妙解《みょうげじ》は出来ていぬが、向陽院という堂宇立ってそこに妙解院殿位牌安置せられ、鏡首座《きょうしゅざ》という住持している忌日《きにち》さきだって紫野大徳寺の天祐和尚《てんゆうおしょう》が京都から下向する年忌営み晴れ晴れしいものなるらしく箇月ばかりから熊本城下準備忙しかった
森鷗外阿部一族」1913)
森鷗外阿部一族」1913)
阿部一族評議このたび先代一週忌法会ために下向してまだ逗留している天祐和尚すがることにした。市太夫和尚旅館往って一部始終話して、権兵衛に対する処置軽減してもらうように頼んだ和尚つくづく聞いて言った承れば一家成行気の毒千万であるしかし政道に対してかれこれ言うことは出来ないただ権兵衛殿死を賜わるなったらきっと助命願って進ぜようことに権兵衛殿すでに《もとどり》払われてみれば桑門同様身の上である助命だけいかようにも申してみようと言った。市太夫頼もしく思って帰った一族もの市太夫復命聞いて一条活路得たような気がしたそのうち立って、天祐和尚帰京とき次第に近づいて来た和尚殿様逢ってするたび阿部権兵衛助命こと折りあったら言上しようと思ったどうしても折りないそれそのはずである。光尚こう思ったのである。天祐和尚逗留権兵衛こと沙汰したらきっと助命請われるに違いない大寺和尚《ことば》でみれば等閑に聞きすてることなるまい和尚立つ待って処置しようと思ったのであるとうとう和尚空しく熊本立ってしまった
森鷗外阿部一族」1913)
森鷗外阿部一族」1913)
森鷗外阿部一族」1913)
数馬そばだてた。「なにこのたびお役目外記《げき》申し上げて仰せつけられたのか
そうじゃ。外記殿殿様言われた。数馬先代出格取立てなされたものじゃご恩報じあれおやりなされい言われたもっけの幸いではないか
ふん言った数馬眉間には深い刻まれた。「よい討死するまでことじゃこう言い放って、数馬ついと起って下がった
森鷗外阿部一族」1913)
数馬傍輩から、外記自分推してこのたび当らせたのだ聞くや否や即時に討死しよう決心したそれどうしても動かすこと出来ぬほど堅固な決心であった。外記ご恩報じさせると言ったということであるこのはからず聞いたのであるが実は聞くまでもない、外記薦めるにはそう言って薦めるにきまっているこう思う、数馬立ってもすわってもいられぬような気がする自分先代引立てこうむったには違いないしかし元服してからのち自分いわば大勢近習うち一人別に出色扱い受けていないには誰も浴しているご恩報じ自分に限ってしなくてはならぬというのはどういう意味言うまでもない自分殉死するはずであったのに殉死しなかったから命がけ場所やるというのである何時でも喜んで棄てるさきにしおくれた殉死代りに死のうとは思わない惜しまぬ自分なんで先代中陰果て惜しんだであろういわれないことである畢竟どれだけ入懇になった殉死するというはっきりしたない同じように勤めていた近習若侍うちに殉死沙汰ないので自分ながらえていた殉死してよいことなら自分よりもさきにするそれほどことにも見えているように思っていたそれにとうにするはず殉死せずにいた人間として極印打たれたのはかえすがえすも口惜しい自分すすぐこと出来ぬ汚れ受けたそれほど加えることあの外記でなくては出来まい。外記としてはさもあるべきことであるしかし殿様なぜそれお聴きいれになった。外記傷つけられたのは忍ぶこと出来よう殿様棄てられたのは忍ぶこと出来ない島原乗り入ろうとしたとき先代お呼び止めなされたそれ馬廻りものわざと先手加わるお止めなされたのであるこのたび当主怪我するなおっしゃるのはそれとは違う惜しいいたわれおっしゃるのであるそれなんのありがたかろう古い新たに鞭うたれるようなものであるただ一刻早く死にたい死んですすがれる汚れではない死にたい犬死でもよいから死にたい
森鷗外阿部一族」1913)