おん(恩)

12/10/2012 11:00

アクセントん]
1.
他者から受ける、感謝すべき行為。与えられた恵み。情け。慈しみ。акт на благосклонност, доброжелателство към мен от страна на друг човек, който заслужава благодарност; оказана помощ, услуга, благоволение, добрина

親の恩 恩を施す 御恩は一生忘れません。Никога няма да забравя добрината Ви; докато съм жив, няма да забравя какво направихте за мен; задължен съм Ви до гроб.
2.

封建時代、
家臣の奉公に対して主人が領地などを与えて報いること。даване на земя на подчинени/ слуги от страна на господаря им, като награда за службата им
3.

給与。手当。възнаграждение; заплащане

→恩に掛ける・恩に着せる・恩に着る・
恩知らず・恩の腹は切らねど情けの腹は切る・恩を仇で返す・恩を売る・御恩

用例

日本書紀』や『古語拾遺(しゅうい)』などの日本の古典に出ている「」は「めぐみ」「みいつくしみ」「みうつくしみ」などと訓(よ)まれている。そして「めぐみ」は、草木が芽ぐむなどというときの芽ぐむを名詞形にしたものとされているが、草木が芽ぐむのは冬眠していた草木の生命力が陽春の気にはぐくまれて目覚めることによる。そのようにある者が他の者に生命を与えたり生命の発展を助けることがを施すことであり、その逆がを受けることであるとみられる。したがっての存在するのは人間の間だけでなく、われわれは天地人の三者から広くを受けていることになる。しかしこれは広義の「」で、普通にはある人によって示された好意とその良好な結果とに対して感謝するという狭義の感恩が考えられ、この感恩の対象は父母と君主であると貝原益軒(かいばらえきけん)などは考えていた。つまり感恩の究極は忠孝にあるというわけであるが、日本思想における感恩の観念は仏教の影響によるところが大きく、中国の儒教を説くことはまれであった。
(古川哲史「恩」『日本大百科全書』1984-1994
サンスクリットのウパカーラupakra(他の者を思いやること)、またはクルタkrta(他の者から自分になされた恵み)の漢訳。仏教では、人は恩を知り(知恩)、心に感じ(感恩)、それに報いなければいけない(報恩)とされる。具体的に、『正法念処経(しょうぼうねんしょきょう)』では母、父、如来(にょらい)、説法の法師から受ける四種のがあげられ、さらにのちには『心地観経(しんちかんぎょう)』で父母、衆生(しゅじょう)、国王、三宝(さんぼう)の四種のが説かれた。いわゆる四恩思想である。親子や夫婦間の愛は恩愛といい、出家修行者には断ち切るべきものとされる。中国では親から受けるが孝の思想と関連して強調され、『父母恩重経(ふぼおんじゅうきょう)』の偽経が制作されるに至った。
(新井慧誉「仏教における恩」『日本大百科全書』1984-1994
1.
それでその報いなくてはならぬその過ち償わなくてはならぬ思い込んでいた長十郎は、忠利の病気重ってからは、その報謝賠償との殉死ほかないかたく信ずるようになった。
森鷗外阿部一族」1913)
五助は人間言うように言った
おぬし畜生じゃから知らずにおるかも知れぬが、おぬしさすって下されことのある殿様は、もう亡くなり遊ばさそれでなってなされお歴々きょう切ってなさるおれ下司《げす》あるが、扶持《ごふち》を戴いてつないだお歴々変ったことはない殿様かわいがって戴いたありがたさ同じことじゃそれでおれ切って死ぬるのじゃおれ死んでしもうたおぬし今から野ら犬なるのじゃおれそれかわいそうならん殿様をしたは岫雲院で井戸飛び込んで死んだどうじゃおぬしおれ一しょ死のうとは思わんかいもし野ら犬なって生きてたい思うたこの握り飯食ってくれい死にたい思うなら食う
森鷗外阿部一族」1913)
兵衛光尚聞いて不快に思った第一権兵衛自分面当てがましい所行した不快であるつぎに自分外記納れてしなくてもよいことした不快であるまだ二十四血気殿様抑え制すること足りないをもって怨み報いる寛大心持ち乏しい即座に権兵衛おし籠めさせたそれ聞いた弥五兵衛以下一族もの閉じて御沙汰待つことして夜陰一同寄り合ってはひそかに一族前途ために評議凝らした
森鷗外阿部一族」1913)
数馬傍輩から、外記自分推してこのたび当らせたのだ聞くや否や即時に討死しよう決心したそれどうしても動かすこと出来ぬほど堅固な決心であった。外記ご恩報じさせると言ったということであるこのはからず聞いたのであるが実は聞くまでもない、外記薦めるにはそう言って薦めるにきまっているこう思う、数馬立ってもすわってもいられぬような気がする自分先代引立てこうむったには違いないしかし元服してからのち自分いわば大勢近習うち一人別に出色扱い受けていないには誰も浴しているご恩報じ自分に限ってしなくてはならぬというのはどういう意味言うまでもない自分殉死するはずであったのに殉死しなかったから命がけ場所やるというのである何時でも喜んで棄てるさきにしおくれた殉死代りに死のうとは思わない惜しまぬ自分なんで先代中陰果て惜しんだであろういわれないことである畢竟どれだけ入懇になった殉死するというはっきりしたない同じように勤めていた近習若侍うちに殉死沙汰ないので自分ながらえていた殉死してよいことなら自分よりもさきにするそれほどことにも見えているように思っていたそれにとうにするはず殉死せずにいた人間として極印打たれたのはかえすがえすも口惜しい自分すすぐこと出来ぬ汚れ受けたそれほど加えることあの外記でなくては出来まい。外記としてはさもあるべきことであるしかし殿様なぜそれお聴きいれになった。外記傷つけられたのは忍ぶこと出来よう殿様棄てられたのは忍ぶこと出来ない島原乗り入ろうとしたとき先代お呼び止めなされたそれ馬廻りものわざと先手加わるお止めなされたのであるこのたび当主怪我するなおっしゃるのはそれとは違う惜しいいたわれおっしゃるのであるそれなんのありがたかろう古い新たに鞭うたれるようなものであるただ一刻早く死にたい死んですすがれる汚れではない死にたい犬死でもよいから死にたい
森鷗外阿部一族」1913)
3. 
をもせで、はなれんことこそ無念なれ
(「曽我物語南北朝-室町前期