別に(べつに)

23/08/2013 09:46

→「べつに(別に)

用例

早稲田移ってからだんだん瘠せて来たいっこうに小供遊ぶ気色ない当る縁側寝ている前足揃えたに、四角載せてじっと植込眺めたままいつまでも動く様子見えない小供いくらその騒いでも知らぬ顔している小供でも初めから相手しなくなったこのとても遊び仲間できない云わんばかりに、旧友他人扱いしている小供のみではない下女ただ三度食《めし》を、台所置いてやるだけそのほかには、ほとんど構いつけなかったしかもそのたいてい近所いる大きな三毛猫来て食ってしまった別に怒る様子なかった喧嘩するところ見た試しないただじっとして寝ていたしかしそのどことなく余裕《ゆとり》ない伸んびり楽々とに、日光領しているのと違って動くべきせきないために――これでは、まだ形容足りない來懶《ものう》さあるまで通り越して動かなければ淋しいが、動くなお淋しいので我慢してじっと辛抱しているように見えたその眼つきは、いつでも植込見ているが、彼れおそらく木の葉も、意識していなかったのだろう青味がかった黄色い瞳子《ひとみ》を、ぼんやり一と所《ひとところ》落ちつけているのみである彼れ家《うち》小供から存在認められぬように自分でも世の中存在判然《はっきり》と認めていなかったらしい
夏目漱石「猫の墓」『永日小品』1909、冒頭)
弥五兵衛以下一同もの寄り集まって評議した。権兵衛所行不埓には違いないしかし亡父弥一右衛門とにかく殉死者うち数えられているその相続人たる権兵衛でみれば賜うこと是非ない武士らしく切腹仰せつけられれば異存ないそれに何事奸盗かなんぞように白昼縛首せられたこの様子推すれば一族もの安穏には差しおかれまいたとい別に御沙汰ないにしても縛首せられたもの一族何の面目あって傍輩立ち交わって奉公しようこの上は是非およばない何事あろうとも兄弟わかれわかれなるな、弥一右衛門殿言いおかれたこのときことである一族討手引き受けてともに死ぬるほかはない一人異議称えるものなく決した
森鷗外阿部一族」1913)
数馬傍輩から、外記自分推してこのたび当らせたのだ聞くや否や即時に討死しよう決心したそれどうしても動かすこと出来ぬほど堅固な決心であった。外記ご恩報じさせると言ったということであるこのはからず聞いたのであるが実は聞くまでもない、外記薦めるにはそう言って薦めるにきまっているこう思う、数馬立ってもすわってもいられぬような気がする自分先代引立てこうむったには違いないしかし元服してからのち自分いわば大勢近習うち一人別に出色扱い受けていないには誰も浴しているご恩報じ自分に限ってしなくてはならぬというのはどういう意味言うまでもない自分殉死するはずであったのに殉死しなかったから命がけ場所やるというのである何時でも喜んで棄てるさきにしおくれた殉死代りに死のうとは思わない惜しまぬ自分なんで先代中陰果て惜しんだであろういわれないことである畢竟どれだけ入懇になった殉死するというはっきりしたない同じように勤めていた近習若侍うちに殉死沙汰ないので自分ながらえていた殉死してよいことなら自分よりもさきにするそれほどことにも見えているように思っていたそれにとうにするはず殉死せずにいた人間として極印打たれたのはかえすがえすも口惜しい自分すすぐこと出来ぬ汚れ受けたそれほど加えることあの外記でなくては出来まい。外記としてはさもあるべきことであるしかし殿様なぜそれお聴きいれになった。外記傷つけられたのは忍ぶこと出来よう殿様棄てられたのは忍ぶこと出来ない島原乗り入ろうとしたとき先代お呼び止めなされたそれ馬廻りものわざと先手加わるお止めなされたのであるこのたび当主怪我するなおっしゃるのはそれとは違う惜しいいたわれおっしゃるのであるそれなんのありがたかろう古い新たに鞭うたれるようなものであるただ一刻早く死にたい死んですすがれる汚れではない死にたい犬死でもよいから死にたい
森鷗外阿部一族」1913)
紺縮単物黒襦子茶献上との腹合せ締めて繊い手拭やら石鹸箱やら糠袋やら海綿やら細かに編んだ入れた懈げに持って格子掛けたまま振り返った姿岡田には別に深い印象をも与えなかったしかし結い立て銀杏返しように薄い高い細長い寂しいどこ加減から掛けて少し扁たいような感じさせる留まった岡田それだけ刹那知覚閲歴したと云う過ぎなかったので無縁坂降りてしまうにはもう綺麗に忘れていた
森鷗外」1913)