にん(人)
05/03/2012 14:45
1.
1-1.
ひと。じん。人柄。
1-2.
手形振出人 後見人
2.
助数詞。
人数を数えるのに用いる。
親子三人 五人 何人いますか
→人《にん》を見て法《ほう》を説《と》け
用例
1-1.
(無住「沙石集」鎌倉後期)2.
家の間數は三疊敷の玄關までを入れて五間、手狹なれども北南吹とほしの風入りよく、庭は廣々として植込の木立も茂ければ、夏の住居にうつてつけと見えて、場處も小石川の植物園にちかく物靜なれば、少しの不便を疵にして他には申旨のなき貸家ありけり、門の柱に札をはりしより大凡《おほよそ》三月ごしにも成けれど、いまだに住人《すみて》のさだまらで、主なき門の柳のいと、空しくなびくも淋しかりき、家は何處までも奇麗にて見こみの好ければ、日のうちには二人三人の拜見をとて來るものも無きにはあらねど、敷金三月分、家賃は三十日限りの取たてにて七圓五十錢といふに、夫れは下町の相場とて折かへして來るは無かりき、さるほどに此ほどの朝まだき四十に近かるべき年輩《としごろ》の男、紡績織の浴衣《ゆかた》も少し色のさめたるを着て、至極そゝくさと落つき無きが差配のもとに來たりて此家の見たしといふ、案内して其處此處と戸棚の數などを見せてあるくに、其等のことは片耳にも入れで、唯四邊《あたり》の靜にさわやかなるを喜び、今日より直にお借り申まする、敷金は唯今置いて參りまして、引越しは此夕暮、いかにも急速では御座りますが直樣掃除にかゝりたう御座りますとて、何の子細なく約束はとゝのひぬ、お職業はと問へば、いゑ別段これといふ物も御座りませぬとて至極曖昧の答へなり、御人數はと聞かれて、其何だか四五人の事も御座りますし、七八人にも成りますし、始終《とほし》ごたごたして埓は御座りませぬといふ、妙な事のと思ひしが掃除のすみて日暮れがたに引移り來たりしは、相乘りの幌かけ車に姿をつゝみて、開きたる門を眞直に入りて玄關におろしければ、主は男とも女とも人には見えじと思ひしげなれど、乘り居たるは三十計の氣の利きし女中風と、今一人は十八か、九には未だと思はるゝやうの病美人、顏にも手足にも血の氣といふもの少しもなく、透きとほるやうに蒼白きがいたましく見えて、折から世話やきに來て居たりし、差配が心に、此人《これ》を先刻《さき》のそそくさ男が妻とも妹とも受とられぬと思ひぬ。
(樋口一葉「うつせみ」1895、冒頭)
五六人寄って、火鉢を囲みながら話をしていると、突然一人の青年が来た。名も聞かず、会った事もない、全く未知の男である。紹介状も携えずに、取次を通じて、面会を求めるので、座敷へ招じたら、青年は大勢いる所へ、一羽の山鳥を提げて這入って来た。初対面の挨拶が済むと、その山鳥を座の真中に出して、国から届きましたからといって、それを当座の贈物にした。
(夏目漱石「山鳥」『永日小品』1909、冒頭)五六人寄って、火鉢を囲みながら話をしていると、突然一人の青年が来た。名も聞かず、会った事もない、全く未知の男である。紹介状も携えずに、取次を通じて、面会を求めるので、座敷へ招じたら、青年は大勢いる所へ、一羽の山鳥を提げて這入って来た。初対面の挨拶が済むと、その山鳥を座の真中に出して、国から届きましたからといって、それを当座の贈物にした。
南向きの部屋であった。明かるい方を背中にした三十人ばかりの小供が黒い頭を揃えて、塗板《ぬりばん》を眺めていると、廊下から先生が這入って来た。先生は背の低い、眼の大きい、瘠せた男で、顎から頬へ掛けて、髯が爺汚《じじむさ》く生えかかっていた。そうしてそのざらざらした顎の触《さわ》る着物の襟が薄黒く垢附《あかづ》いて見えた。この着物と、この髯の不精に延びるのと、それから、かつて小言を云った事がないのとで、先生はみなから馬鹿にされていた。
(夏目漱石「紀元節」『永日小品』1909、冒頭)
十八人の侍が殉死したときには、弥一右衛門はお側に奉公していたのに殉死しないと言って、家中のものが卑しんだ。さてわずかに二三日を隔てて弥一右衛門は立派に切腹したが、事の当否は措いて、一旦受けた侮辱は容易に消えがたく、誰も弥一右衛門を褒めるものがない。上では弥一右衛門の遺骸を霊屋《おたまや》のかたわらに葬ることを許したのであるから、跡目相続の上にも強いて境界を立てずにおいて、殉死者一同と同じ扱いをしてよかったのである。そうしたなら阿部一族は面目を施して、こぞって忠勤を励んだのであろう。しかるに上で一段下がった扱いをしたので、家中のものの阿部家侮蔑の念が公《おおやけ》に認められた形になった。権兵衛兄弟は次第に傍輩《ほうばい》にうとんぜられて、怏々として日を送った。
(森鷗外「阿部一族」1913)儀式はとどこおりなく済んだが、その間にただ一つの珍事が出来した。それは阿部権兵衛が殉死者遺族の一人として、席順によって妙解院殿の位牌の前に進んだとき、焼香をして退きしな《のきしな》に、脇差の小柄を抜き取って髻を押し切って、位牌の前に供えたことである。この場に詰めていた侍どもも、不意の出来事に驚きあきれて、茫然として見ていたが、権兵衛が何事もないように、自若として五六歩退いたとき、一人の侍がようよう我に返って、「阿部殿、お待ちなされい」と呼びかけながら、追いすがって押し止めた。続いて二三人立ちかかって、権兵衛を別間に連れてはいった。
(森鷗外「阿部一族」1913)
ホーム
ログイン(執筆者)

