思って(おもって)

19/12/2014 12:00

→「おもって(思って・想って・憶って・念って)

用例

 あっち出るでしてまあ相場ざっとぐらいもんでしょうかねそれこっち持って来ると、一円五十するんですそれでちょうど向ういた時分でしたが、から八百ばかり注文ありました旨く行く一升以上つくんですからさっそくやりました八百拵えて自分いっしょまで持って行くと、――なに相手支那で、本国送り出すんでさあすると支那出て来て宜しい云うからもう済んだのか思うと、高さ一間あろう云う大きな持ち出してそのどんどん汲み込ませるんです。――いえ何のためにもいっこう分らなかったんで何しろ大きなですから張るんだって容易なこっちゃありませんかれこれ半日かかっちまいましたそれからするかと思って見ていると、例の俵《ひょう》ほどいてどんどん放り込むんです。――実に驚いたが、支那てえ本当に食えないもん後《あと》なってようやく気がついたんです打《ぶ》ち込むたしかな尋常に沈みますが、食っただけみんな浮いちまうんですそれ支那野郎しゃくってペケって俵《ひょう》目方から引いてしまうんだからたまりません傍《そば》見ていてはらはらしました何しろ七分通り入《い》ってんだから弱りました大変なでさあ。――食ったんですか。いまいましいからみんな打遣って来ました支那ですからやっぱり知らん顔してしておおかた本国送ったでげしょう
夏目漱石「儲口」『永日小品』1909、冒頭
 二人二階並べていたその赤黒く光った様子ありありと二十今日《こんにち》までも、残っている部屋北向で、高さ足らぬ小窓を前に二人喰っつけるほど窮屈な姿勢下調《したしらべ》した部屋薄暗くなると、寒いのを思い切って窓障子明け放ったものであるその真下家《うち》の、竹格子若いぼんやり立っている事があった静かな夕暮などその姿際立って美しく見えた折々ああ美しい思ってしばらく見下《みおろ》していた事もあったけれども中村には何にも言わなかった。中村も何にも言わなかった
夏目漱石「変化」『永日小品』1909、冒頭
「思って(おもって)」用例(1913)
人間事実真正面から向き合うことなんて、そもそもあり得ないんだ。絶対無いんだよ。もちろん事実はひとつだけだ。存在としてはな。だが事実対する解釈は、関わる人間だけあるだから事実には正面無いし、裏側無いみんな自分見えている正面だと思っいるだけだ。所詮人間見たいものしか見ない、信じたいものしか信じないんだ。Човек да се изправи лице в лице с факт – това по начало е невъзможно. Изобщо няма такова нещо. Разбира се, фактът е един-единствен. Като съществуване. Ала тълкувания на този факт има толкова на брой, колкото са и свързаните с него хора. Затова фактът няма нито лице, нито гръб. Само всички си мислят, че страната, която те гледат, е лицето. Като цяло, човек вижда само това, което иска да види, и вярва само в това, в което иска да вярва.
(宮部みゆき「模倣犯」2001)