ときに(時に)

13/10/2017 10:46

アクセント:とに]
1.
1-1.
場合によっては。時々。たまに。まれに。ときには(時には)。понякога; от време на време
人は時に失敗する/病気になることが/もあるслучва се понякога човек да сгреши/ да се разболее
1-2.
漢文訓読に由来する語法。]
時あたかも。まさしくその時。тъкмо тогава; точно в този момент; тъкмо в това време
時に戦後の混乱期のさなかであったбеше тъкмо по време на смутните години след войната 時に昭和20年8月15日точно 15-ти август, 20-та година от периода Шова
2.


会話で、新しい話題に入るときに用いる。さて。ところで。в разговорната реч се използва при въвеждане в нова тема; междудругото
時に、例の件はどうなりましたか。Междудругото, какво стана с онзи въпрос? 時に、お子さんはおいくつになりましたか。Междудругото, на колко стана детето Ви?
3.
とき(時)」+助詞」。

ときには(時には)

用例

2.
トキニ貴公本国何所だ。九州らしく考えるが」
男「ハイお尋ねに預かりママ]ましてお答え申す恥入ますがお察しに預かるママ]如く大分の者であります
旦那のお九州らしゅう伺いますがモシヤ左様で御座りませんか」
胤員「オオいかにも九州じゃ。福岡じゃ貴公という名前で妻子も一緒にお出
(奥村玄次郎「砂中の黄金」1889)
3.
 ある山寺坊主慳貪なりける治《ぢ》してただ一人食ひけりよくしたためて置き置きしける一人ありける小児《こちご》食はせずして、「これ食ひつれば死ぬるもの。」言ひけるこの、「あはれ食はばや食はばや。」思ひける坊主他行《たぎやう》ひまより取り下ろしけるほどにうちこぼして小袖にもにもつけたりけり日ごろ欲し思ひければ二、三よくよく食ひて坊主秘蔵《ひさう》水瓶雨垂り打ち当てて打ち割りておきつ
 坊主帰りたりければこのさめほろと泣く。「何事泣く。」問へば、「大事水瓶過ち打ち割りて候《さぶら》ふときにいかなる勘当あらんずらんくちをしくおぼえて生きてもよしなし思ひて食へば死ぬ仰せられ候ふもの食へども死なず二、三まで食べて候へどもおほかた死なず果ては小袖つけつけてはべれどもいまだ死に候はず。」言ひける
 
食はれて水瓶割られぬ慳貪坊主得るところなし知恵ゆゆしくこそ学問器量むげにあらじかし
無住知恵沙石集鎌倉後期

 
たしか長春ホテルであつたと思ふそのから聞いたしかしそれそのとしてではなしにその長春事務所長してゐる出た時に、B画家らしいのんきな調子莞爾《にこにこ》と笑ひながら言つたのであつた。「、Sさんあゝいふ堅いしてゐるけれどもあれ中々隅に置けないんです
さう?」かう言つたには五十近いそれでゐて非常に若くつくつてゐる頭髪綺麗にわけた浮んだ
つい此間まで大連本社庶務課長してゐたんだが?」
庶務課長! Sさん――? それぢや、Yやつてゐる?」
さうだあそこ行つて見ました。Sあそこつい半年ほどまでゐたんですそのあと行つたんです
庶務課長から此処事務所長では左遷です?」
まアさういふわけです。S好いですけれどもそれ親切で趣味深くつてことわかるなどには非常にいゝなんですけれど――」B少し途切れて、「それ庶務課行くあの《へや》タイピストあるでせう?」
……」
あのゐるぢやないですけれども。Sさんそのタイピスト可愛がつてたうとう孕ませて了つたもんですから?」
ふむ?」いくらか眼を睜《みは》るやうにして、「あゝいふところにもさういふことあるのか? ふむ? 面白い? つまりさうするとゐるゐたやつたわけです?」
さうです
さうかな……。さういふこと沢山あるんです?」
 
かう言つたにはその大きな石造《せきぞう》建物一室――卓《テイブル》三脚並べた電話絶えず聞えて来るクツシヨン椅子置いてあるその向う後姿見せてタイピストカチカチやつてゐる一室さまはつきりと浮んだ
それで何うした? では囲つてでもあるのか
いや本社から此方《こつち》来るすつかり解決つけて来たらしい何でももう子供産んだとか言つた――」
よく早く解決出来た?」
だつて困るからなア――」B笑つて
そこに行くとあゝいふあるから何うにでもなる……」
さうかな――」
 
じつと考へ沈んだ思ひがけない人生事実といふことではなかつたけれども一種不思議な心持感じた。「ふむ!」と言つてまた振つた
それでその別品《べつぴん》?」
ちよつと白いだけですかう言つて笑つた
田山花袋(田山録弥)「アカシヤ1924冒頭
 子どもたちからだ慣性意図しないで管理社会コスモロジー引き寄せてしまう累々たる管理社会コスモロジーだがその間隙をぬうようにして同じからだ慣性もう一つコスモロジー出会う場合あるもう一つコスモロジー憑きやすい遊びからだ集まり相互性帯びるときに思い出されるかんけりそのような身体ゲーム一つである
 かんけりかん思いっきりけっとばすとき気持ちいいんだ小六男の子いう中心置かれたあきかん吸い寄せられるようにして物陰から物陰へと忍び寄っていく見せたオニとの距離見切ったときもうからだ物陰からとび出しているオニ猛然と迫ってくるオニからだほとんど交錯するようにしながら一瞬早くあきかん横腹蹴るあきかん空中ゆっくり描いてくるりくるり舞うときとまれでも叫んでしまいそうな快感押し寄せる同時にという何ものかなく抜け出していきとても身軽になったからだだけ残されるもっともいつもそんなにうまく蹴れるわけではないしばしばかんさわがしいたてながら舗道転がっていったり二、三メートル芝生ぽとんと落ちてとまったりするそれでもかん蹴った喜び変りない
 かん蹴るとき市民社会真の御柱蹴る身ぶり上演している市民社会示すとすればかん秩序中心であり管理塔でもある子どもたちかん蹴ることによって学校地域社会一般そして自己内面管理社会コスモロジー蹴り入れているのだ
 小六少年またいうかんけり隠れているときとっても幸福なんだなんだか温かい気持ちするいつまででも隠れていてもう絶対に出て来たくなくなるんだ管理塔からの監視死角隠れているとき一人であってもあるいは二、三いっしょであっても羊水包まれたような安堵感生まれるいうまでもなくこの籠り管理社会した市民社会からのアジール避難所創建身ぶりなのだ市民社会からの離脱内閉においてかいこまゆつくるようにもう一つコスモス姿現してくるそれ胎内空間にも似て根源的な相互的共同性充ちたコスモスである大人子どもそこで見失った自分なる子ども〉、〈無垢なる子ども再会するのである
 小六男の子最後もう一つつけ加えていうかんけり、「オニ違ってほか救おうとする自分救われたいけれどつかまった仲間助けなくちゃって夢中になるのが楽しいだけどオニ大変だオニ気の毒だから何回かかん蹴られたら交替するんだ実際かんけりでは隠れた誰もオニ見つかって市民社会復帰したいとは考えない運悪く捕われても勇者忽然と現れて自分救出してくれること願っている隠れた囚われた奪い返して帰って来ようとするのはつねにアジール市民社会例外的領域であるオニ気の毒であるのはオニ最初から市民社会住人であるかぎり隠れた何人見つけてもそのこと自分市民社会復帰するドラマ経験しようがないからである隠れる市民社会では囚われ人以外ではなくしたがってオニ管理者であることやめることはできない
(栗原彬「かんけり政治学1984