三人(さんにん)

26/10/2015 19:00

→「さんにん(三人・3人)

用例

 間數玄關まで入れて手狹なれども吹とほし風入りよく廣々として植込木立茂ければ住居うつてつけ見えて場處小石川植物園ちかく物靜なれば少し不便にしてにはなき貸家ありけりはりしより大凡《おほよそ》ごしにも成けれどいまだに住人《すみて》さだまらでなきいと空しくなびく淋しかりき何處までも奇麗にて見こみ好ければうちには二人三人拜見とて來るもの無きにはあらねど敷金家賃三十限り取たてにて五十といふ夫れ下町相場とて折かへして來る無かりきさるほどに此ほど朝まだき四十近かるべき年輩《としごろ》紡績浴衣《ゆかた》少しさめたる着て至極そゝくさと落つき無き差配もと來たりて見たしといふ案内して其處此處戸棚など見せてあるく其等こと片耳にも入れで四邊《あたり》靜にさわやかなる喜び今日より直にお借り申まする敷金唯今置いて參りまして引越し夕暮いかにも急速で御座ります直樣掃除かゝりたう御座りますとて何の子細なく約束とゝのひぬ職業問へばいゑ別段これといふ御座りませぬとて至極曖昧答へなり人數聞かれて何だか四五御座ります七八にも成ります始終《とほし》ごたごたして御座りませぬといふ妙な思ひし掃除すみて日暮れがた引移り來たりし相乘りかけ姿つゝみて開きたる眞直に入りて玄關おろしければともともには見えじ思ひしげなれど乘り居たる三十利きし女中一人十八には未だ思はるゝやう病美人にも手足にも血の氣といふもの少しもなく透きとほるやうに蒼白きいたましく見えて折から世話やき來て居たりし差配此人《これ》先刻《さき》そそくさともとも受とられぬ思ひぬ
樋口一葉「うつせみ」1895、冒頭)
 
には忠利が三斎の三男生まれたので、四男中務大輔《たゆう》立孝、五男刑部興孝、六男長岡式部寄之の三人がある。
森鷗外阿部一族」1913)
 数馬
忠利児小姓勤めて島原征伐とき殿様そばいた寛永十五二月二十五細川もの乗り取ろうとしたとき、数馬どうぞ先手おつかわし下されい忠利願った。忠利聴かなかった押し返してねだるように願う、忠利立腹して、「小倅勝手にうせおれ叫んだ。数馬そのとき十六である。「あっ言いさま駈け出す見送って、忠利怪我するなかけた乙名徳右衛門、草履取一人槍持一人あとから続いた主従四人であるから打ち出す鉄砲烈しいので数馬着ていた猩々緋陣羽織つかんであと引いた。数馬振り切って石垣攀じ登る是非なくついて登るとうとう城内はいって働いて、数馬負った同じ場所から攻め入った柳川立花飛騨宗茂七十二古武者このとき働きぶり見ていた渡辺新弥、仲光内膳数馬との三人天晴れであった言って三人連名感状やった落城のち、忠利数馬兼光脇差やって五十加増した脇差直焼無銘横鑢九曜三並び目貫赤銅縁金拵えである目貫二つあって一つ填めてあった。忠利この脇差秘蔵していたので、数馬やってからも登城ときなどには、「数馬あの脇差貸せと言って借りて差したこともたびたびある
森鷗外阿部一族」1913)