風(ふう)

13/10/2017 20:49

→「ふう(風)

用例

「風(ふう)」用例(1890年代)
 その頃神田明神降りた曲角鉤なり縁台出して古本曝しているあったそこで或る唐本金瓶梅見附けて亭主問うと云った負けてくれと云うと、「先刻岡田さんなら買う仰ゃいましたことわり申したのですと云う偶然工面好かったので言値買った二三立ってから岡田逢う向うからこう云い出した
ひどい切角見附けて置いた金瓶梅買ってしまったじゃないか
そうそう附けて折り合わなかった本屋云っていた欲しいなら譲って上げよう
なにから読んだ貸して貰えば好い
 喜んで承諾したこんな今まで長い壁隣住まいながら交際せずにいた岡田とは往ったり来たりするようになったのである
森鷗外」1913)

 
たしか長春ホテルであつたと思ふそのから聞いたしかしそれそのとしてではなしにその長春事務所長してゐる出た時に、B画家らしいのんきな調子莞爾《にこにこ》と笑ひながら言つたのであつた。「、Sさんあゝいふ堅いしてゐるけれどもあれ中々隅に置けないんです
さう?」かう言つたには五十近いそれでゐて非常に若くつくつてゐる頭髪綺麗にわけた浮んだ
つい此間まで大連本社庶務課長してゐたんだが?」
庶務課長! Sさん――? それぢや、Yやつてゐる?」
さうだあそこ行つて見ました。Sあそこつい半年ほどまでゐたんですそのあと行つたんです
庶務課長から此処事務所長では左遷です?」
まアさういふわけです。S好いですけれどもそれ親切で趣味深くつてことわかるなどには非常にいゝなんですけれど――」B少し途切れて、「それ庶務課行くあの《へや》タイピストあるでせう?」
……」
あのゐるぢやないですけれども。Sさんそのタイピスト可愛がつてたうとう孕ませて了つたもんですから?」
ふむ?」いくらか眼を睜《みは》るやうにして、「あゝいふところにもさういふことあるのか? ふむ? 面白い? つまりさうするとゐるゐたやつたわけです?」
さうです
さうかな……。さういふこと沢山あるんです?」
 
かう言つたにはその大きな石造《せきぞう》建物一室――卓《テイブル》三脚並べた電話絶えず聞えて来るクツシヨン椅子置いてあるその向う後姿見せてタイピストカチカチやつてゐる一室さまはつきりと浮んだ
それで何うした? では囲つてでもあるのか
いや本社から此方《こつち》来るすつかり解決つけて来たらしい何でももう子供産んだとか言つた――」
よく早く解決出来た?」
だつて困るからなア――」B笑つて
そこに行くとあゝいふあるから何うにでもなる……」
さうかな――」
 
じつと考へ沈んだ思ひがけない人生事実といふことではなかつたけれども一種不思議な心持感じた。「ふむ!」と言つてまた振つた
それでその別品《べつぴん》?」
ちよつと白いだけですかう言つて笑つた
田山花袋(田山録弥)「アカシヤ1924冒頭
 思い出すしばらく訪れた高齢者グループホームこと
 住むいなくなった木造民家ほとんど改修せずに使うデイ・サーヴィス施設だったもちろんバリアフリーからはほど遠い玄関には石段あり玄関引く玄関間ある脱いでよいしょ上がるこんどそれ開けてみな集《つど》っている居間入る軽い認知症患っているその女性お菓子おしゃべり興じている老人たちにはすぐに入れず呆然と立ちつくすなんとなくいたたまれず折ってしゃがみかけるとっさどうぞいざりながら自分使っていた座布団差しだす伸びる。「おかまいなく座布団押し戻し、「言うておす遠慮せんといっしょお座りやすふたたび座布団押し戻される…。
 和室居間立ったままでいること不自然である。「不自然であるのはいうまでもなく人体にとってではない居間という空間においてである居間という空間求める挙措立ったままでいること合わない高みからひとたち見下ろすこと反するだからいたたまれなくなって腰を下ろすこれからだ憶えているふるまいであるからだひとりでにそんなふう動いてしまう
 からだなかあるというのはそういうことからだ動き空間との関係ということは同じくそこいるひとびととの関係ある整えられているということ
(鷲田清一「身ぶり消失」2005)