常に(つねに) 副詞

14/05/2017 07:58

→「つねに(常に)

用例

 一休和尚いとけなきときよりには変はりたまひて利根発明なりけるとかやをば養叟《やうそう》和尚申しけりこびたる檀那ありて常に来たりて和尚参学などしはべりては一休発明なる心地よく思ひて時折たはぶれ言ひて問答などしけり
 あるときかの檀那皮袴着て来たりける一休門外にてちらと走り入りてへぎ書きつけ立てられける
  
この固く禁制《きんぜい》なりもしもの入《い》るときその必ずばち当たるべし
書きておかれけり
 かの檀那これ見て、「ばち当たるならばこのお寺太鼓何としたまふ申しける
 一休聞きたまひ
さればとよ夜昼三度づつばち当たるあひだその方へも太鼓ばち当て申さむ着られけるほどに
おどけられけり
(「一休咄」1668)
 政道地道である限りは、咎め帰するところ問うものない一旦変った処置あると、捌きという詮議起る当主覚えめでたく去らずに勤めている大目附に、林外記というものある小才覚あるので、若殿時代お伽には相応ていたが、大体見ることにおいておよばぬところあってとかく苛察傾きたがるであった。阿部弥一右衛門は故殿許し得ずに死んだのだから殉死者と弥一右衛門とのには境界つけなくてはならぬ考えたそこで阿部俸禄分割献じた。光尚も思慮ある大名ではあったが、まだ物馴れぬときことで、弥一右衛門や嫡子権兵衛と懇意でないために思いやりなく自分手元使って馴染みある市太夫がために加増なるというところ目をつけて、外記の用いたのである
森鷗外阿部一族」1913)
「常に(つねに)」用例(1940年代)
 三十ほど日本人如何にして渡って来たという題目について所感発表したことがあるそれからこの方《かた》、航海問題常に念頭から離れなかったその一つ是非ともここ述べておきたいのは日本沖縄とを連ねる交通路ことであるでは沖縄行くのに概ね西海岸航路取っている古く東海岸としていたのではないかということ説いてみたいのである
柳田国男/柳田國男まえがき」『海上の道』1961、冒頭
[発表年未詳・筆者生年順]
 もはや一人不幸なインテリ物語瞬間時にしか我々興味惹かない世界散在して生きつづける強力な知識人興味津々たる物語それぞれ結末見通せない巨大なロマン一節として我々緊張させつつあるからである強固な知能的一人物或る呼吸停止したという事より多数彼等どのようにして生き生きつつあるその独創的な手段方法絶えず我々驚かし目ざまし活気づけてくれるいかなる突飛な自殺行為いかなる深刻ぶった自殺宣言よりもっと豊富にして怪奇な不慮我々押しつけている自殺に関する発明発見さして進展しない殺人に関する趣向日夜試験されつつあるしたがって各々選ぶ可能性与えられた人々意識するしないにかかわらず常に自己ためにとてつもない工夫こらさねばならない自殺するために国籍移すない生存するために国土から国土渡り歩く人々増加しつつあること想起しただけでも形式めざましい複雑化明らかである