あべいちぞく(阿部一族) 作品名
31/12/2011 19:47
短編歴史小説。森鷗外作。1913年(大正2)発表。殉死を許されぬ肥後藩士阿部弥一右衛門は、武士の意地から追い腹を切る。その科《とが》により、遺族は処刑・上意討ちにより滅亡する。
用例
たとえば、1970年代に三島由紀夫が自殺したことは、われわれを驚かせた。だが、彼は昭和45年に切腹したのであれば、それほど驚くべきではないだろう。おそらく三島がそのことを意識していたはずなのだ。われわれは三島の行動に2.26の叛乱の“再現”を見がちであるが、むしろ明治45年における乃木将軍の殉死を想起すべきなのである。乃木将軍の自決も、そのアナクロニズムによって、当時の人々を驚かせた。天皇は立憲君主国の君主であるから、それに対して殉死は考えられない。乃木将軍は天皇に対して、封建的な主君に対する忠誠関係をとったのだ。明治20年以後の近代国家の体制のなかで育った、芥川龍之介や志賀直哉が乃木のアナクロニズムを嘲笑したのは当然である。
しかし、それは森鷗外に衝撃を与え、『興津弥五右衛門の遺書』を書かせた。それ以後、鷗外は武士あるいは封建的世界の人間を描く歴史小説に移行した。ここで「封建的」というのは、直接の主人に対しては絶対的な忠誠関係をもつが、それ以上の上司に対してはもたないような関係の在り方をさす。このために、封建的な体制は、中央集権的な近代国家と違って、多元的な勢力の反乱にさらされる。鷗外が描いた『阿部一族』の人々は、主人への忠誠のゆえに藩に反逆することを辞さない。こうした封建的人間には、唯一の主権者に全面的に従属(subject)することによって主体(subject)となる近代国家の個人にはないような独立性がある。実際、明治40年代の「自由民権」運動を支えていたのは、そのような近代人ではない、封建的な人間の独立心であり自負心である。だが、それは西南戦争に示されるように、国家主権を否定する内乱に導かれるほかない。
(柄谷行人「終焉をめぐって」1990)森鴎外の短編小説。1913年(大正2)1月号の『中央公論』に発表。寛永年間(1624~44) に肥後国(熊本県)細川藩に起こった、殉死をめぐる悲劇的事件を取り上げた歴史小説。殉死の許しが得られず、死に遅れて批判され、追い腹を切った 阿部弥一右衛門、その後の処置に不満の意を表明して、縛り首になった嫡子権兵衛、その結果、家に立てこもって誅罰されたその弟たち阿部一 族。そういう悲劇を、主君側、討手側、他の殉死者側をも絡めて、冷徹な叙事的な筆でつづった、鴎外歴史小説の代表的名作。
(磯貝英夫「阿部一族」『日本大百科全書』1984-1994)
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