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物(もの) 名詞・接頭語

16/04/2012 11:18

もの(物)

用例

造らず造らず言えりさればより生ずるには万人万人みな同じにして生まれながら貴賤上下差別なく万物たる働きをもって天地あるよろず資《と》りもって衣食住達し自由自在互い妨げなさずしておのおの安楽にこの世渡らしめ給う趣意なりされども広くこの人間世界見渡すかしこきありおろかなるあり貧しきあり富めるあり貴人あり下人ありてその有様相違ある似たるなんぞやその次第はなはだ明らかなり。『実語教、「学ばざればなしなき愚人なりありされば賢人愚人学ぶ学ばざるによりてできるものなりまた世の中むずかしき仕事ありやすき仕事ありそのむずかしき仕事する身分重き名づけやすき仕事する身分軽きというすべて用い心配する仕事むずかしくして手足用うる力役《りきえき》やすしゆえに医者学者政府役人または大なる商売する町人あまた奉公人召し使う大百姓など身分重くして貴きと言うべし
福沢諭吉学問のすゝめ」1872-76、冒頭)
このあいびき先年仏蘭西《フランス》死去した露国では有名な小説家ツルゲーネフという端物《はもの》です今度徳富先生依頼訳してみました訳文我ながら不思議とソノ何んだこれでも原文きわめておもしろいです
九月中旬というころ一日自分さる座していたことあッた今朝から小雨降りそそぎその晴れ間にはおりおり生ま煖《あたた》かな日かげ射してまことに気まぐれな空ら合いあわあわしい白ら雲空ら一面棚引くかと思うとフトまたあちこち瞬く間雲切れしてむりに押し分けたような雲間から澄みて怜悧《さか》し気《げ》に見えるごとくに朗《ほがら》かに晴れた蒼空のぞかれた自分座して四顧してそして傾けていた木の葉頭上幽《かす》かに戦《そよ》いだその聞たばかりでも季節知られたそれ春先するおもしろそうな笑うようなさざめきでもなくゆるやかなそよぎでもなく永たらしい話し声でもなくまたおどおどしたうそさぶそうなお饒舌《しゃべ》りでもなかッたただようやく聞取れる聞取れぬほどしめやかな私語であったそよ吹く忍ぶように木末伝ッた照る曇るじめつくようす間断なく移り変ッたあるいはそこありとあるすべて一時微笑したように隈なくあかみわたッてさのみ繁くないほそぼそとした思いがけず白絹めくやさしい光沢《つや》帯び地上散り布《し》いた細かな落ち葉にわかに映じてまばゆきまでに金色《こんじき》放ち頭《かしら》かきむしッたような「パアポロトニク」(類いみごとなしかも熟《つ》えすぎた葡萄めく帯びた際限なくもつれからみして目前透かして見られた
ツルゲーネフ作・二葉亭四迷訳「あひびき」1888、冒頭)
間數玄關まで入れて手狹なれども吹とほし風入りよく廣々として植込木立茂ければ住居うつてつけ見えて場處小石川植物園ちかく物靜なれば少し不便にしてにはなき貸家ありけりはりしより大凡《おほよそ》ごしにも成けれどいまだに住人《すみて》さだまらでなきいと空しくなびく淋しかりき何處までも奇麗にて見こみ好ければうちには二人三人拜見とて來るもの無きにはあらねど敷金家賃三十限り取たてにて五十といふ夫れ下町相場とて折かへして來る無かりきさるほどに此ほど朝まだき四十近かるべき年輩《としごろ》紡績浴衣《ゆかた》少しさめたる着て至極そゝくさと落つき無き差配もと來たりて見たしといふ案内して其處此處戸棚など見せてあるく其等こと片耳にも入れで四邊《あたり》靜にさわやかなる喜び今日より直にお借り申まする敷金唯今置いて參りまして引越し夕暮いかにも急速で御座ります直樣掃除かゝりたう御座りますとて何の子細なく約束とゝのひぬ職業問へばいゑ別段これといふ御座りませぬとて至極曖昧答へなり人數聞かれて何だか四五御座ります七八にも成ります始終《とほし》ごたごたして御座りませぬといふ妙な思ひし掃除すみて日暮れがた引移り來たりし相乘りかけ姿つゝみて開きたる眞直に入りて玄關おろしければには見えじ思ひしげなれど乘り居たる三十利きし女中一人十八には未だ思はるゝやう病美人にも手足にも血の氣といふもの少しもなく透きとほるやうに蒼白きいたましく見えて折から世話やき來て居たりし差配此人《これ》先刻《さき》そそくさ受とられぬ思ひぬ
樋口一葉「うつせみ」1895、冒頭)
政道地道である限りは、咎め帰するところ問うものない一旦変った処置あると、捌きという詮議起る当主覚えめでたく去らずに勤めている大目附に、林外記というものある小才覚あるので若殿時代お伽には相応ていたが、大体見ることにおいておよばぬところあってとかく苛察傾きたがるであった。阿部弥一右衛門は故殿許し得ずに死んだのだから殉死者と弥一右衛門とのには境界つけなくてはならぬ考えたそこで阿部俸禄分割献じた。光尚も思慮ある大名ではあったが、まだ物馴れぬときことで、弥一右衛門や嫡子権兵衛と懇意でないために思いやりなく自分手元使って馴染みある市太夫がために加増なるというところ目をつけて、外記の用いたのである
森鷗外阿部一族」1913)
現実世界とはとの働く世界でなければならない現実との相互関係考えられる働くことによって出来た結果考えられるしかし働くということは、自己自身否定することでなければならないというものなくなって行くことでなければならないとが働くことによって一つ世界形成するということは、逆に一つ世界部分考えられることでなければならない例えば空間において働くということは、空間ということでなければならないその物理的空間という如きもの考えれば、物力は空間なるもの変化とも考えられるしかし何処(どこ)までも全体部分として考えられるということは、働くというものなくなることであり世界静止なることであり現実というものなくなることである現実世界何処までもでなければならない個物個物との相互限定世界でなければならない故に現実世界絶対矛盾自己同一というのである
西田幾多郎「絶対矛盾的自己同一」1939、冒頭)
わたくし安萬侶《やすまろ》申しあげます
宇宙はじめ當つてはすべてはじめまずできましたが、その氣性まだ十分でございませんでしたので名まえなく動きなく誰もその知るものございませんそれからしてとがはじめてなつて、アメノミナカヌシの、タカミムスビの、カムムスビのが、すべて作り出す最初なりそこで男女兩性はつきりして、イザナギの、イザナミのが、萬物生み出すなりましたそこでイザナギのは、地下世界訪れまたこの歸つて禊《みそぎ》してとが洗う現われ海水浮き沈みして洗うに、さまざま出ましたそれ故に最古時代は、くらくはるかあちらですけれども前々からのによつて國土生み成したこと知り物しりによつて生み人間成り立たせたことわかります
武田祐吉訳「(現代語譯)古事記」1956、冒頭)