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半分(はんぶん)

28/05/2015 23:07

→「はんぶん(半分)

用例

  ふとから上げて入口見ると、書斎いつの間か半分明いて広い廊下ばかり見える廊下尽きる唐《から》めいた手摺《てすり》遮られてには硝子戸立て切ってある青いからまともに落ちて来るが、軒端斜《はす》に、硝子通して縁側手前だけ明るく色づけて書斎戸口までぱっと暖かに射したしばらく照る見つめていると、陽炎《かげろう》湧いたように思い饒《ゆた》かになる
夏目漱石「行列」『永日小品』1909、冒頭)
それいかんぞよこう言って忠利は今まで長十郎と見合わせてのに半分寝返りするように向いた。
どうぞそうおっしゃらずに」長十郎はまた忠利の戴いた。
いかんいかんそむけまま言った。
森鷗外阿部一族」1913)
  名譽心虚榮心ほど混同され易いものないしかも兩者ほど區別必要なものないこの二つもの區別すること人生について智慧少くとも半分であるさへいふことができるであらう名譽心虚榮心誤解されること甚だ多いしかしまた名譽心極めて容易に虚榮心變ずるものである個々場合について兩者區別するには良いもたねばならぬ
三木清名譽心について」『人生論ノート』1941、冒頭)
 一五九〇徳川家康そのころ江戸という名前知られていた今日東京入ったときここにはいくらか寂れたあるばかりでした二〇ほどうちそことても活気あるなり難船してここ訪れたフィリピン総督ドン・ロドリゴ・デ・ビベロこの都市計画褒め讃えてから見たところではスペイン家屋もっと美しいように見えるけれども入る日本ほう美しさにおいて上回る書きましたそのころ東京一五ぐらい人口持っていました
  家康このつくってから一〇〇ほど人口一〇〇超えるほど増えその頃八七だったロンドン五四だったパリ二五だったウィーンこれまた二五だったモスクワ一七だったベルリンしのぐ都市なりました一七世紀半ばから一九世紀半ばにかけて東京世界最大都市でした
  その一〇〇人口半分ほど全国各地から集められてきた中央政府管理ならびに護衛携わっているでしたあと半分町人職人でしたこの都市内部には農民ほんの少ししかいませんでした一七九四老中松平定信政策足りなくなった場合貯蔵用意できましたということはいざと言うときには五〇町人職人たちこの蓄えられた半年ほど食いつなぐことができるというわけでした
鶴見俊輔戦後日本大衆文化:1845~1980年」1984)