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最も(もっとも) 副詞

05/05/2016 19:14

→「もっとも(最も)

用例

 岡田古本屋覗く云えば文学趣味あるからであったしかしまだ新しい小説脚本出ていぬ抒情詩では子規俳句鉄幹生れぬであったから誰でも唐紙摺った花月新誌白紙摺った桂林一枝ような雑誌読んで槐南、夢香(むこう)なんぞ香奩体最も利いたと思うであった花月新誌愛読者であったから記憶している西洋小説翻訳と云うものあの雑誌始て出したのであるなんでも西洋或る大学学生帰省する途中殺されるそれ談話体訳した神田孝平さんであったと思うそれ西洋小説と云うもの読んだであったようだそう云う時代から岡田文学趣味漢学者新しい世間出来事詩文書いた面白がって読む過ぎなかったのである
森鷗外」1913)
自己を愛するということは自己に侫《おも》ねることではない、自己に寛大であることではない。真に自己を愛するものは、自己に対して
最も峻厳であり残酷でさえある。
種田山頭火「赤い壷(三)」1916)

 ヴィヤグラ、インド語バグ、インドタミル語ピリ、ジャワマチャム、マレーリマウ、アラブニムル、英語タイガー、その他欧州諸国大抵これ似おりいずれもギリシアラテンチグリス基づくそのチグリスなるペルシア語チグリ(より出で駛く走る飛ぶ比べたるに因るならんというわが国でも古来実際見ずに千里走る信じ戯曲清正捷疾《すばやさ》賞して千里一跳虎之助など洒落て居るプリニ博物志に拠れば生きたローマ人初めて見たのはアウグスッスだったそれより欧州人実物見る極めてだったから捕うるため跳る疾さペルシア飛ぶ比べた聞き違えてプリニ二十五こんな《こと》述べて居る曰くヒルカニアインドあり疾く走る驚くべし多く産むそのことごとく取り去られた最も疾く走る例えば猟夫《ひま》乗じその子供取りて替えて極力馳せ去るもとより一向世話焼かず帰って覚る直ちに《におい》嗅いで尋ねごとく走り追うその近くなる猟夫虎の子一つ落すこれ銜えて奔り帰りそのをきてまた猟夫追うまた一つ落す拾い伴い帰りてまた拾い奔るかかる猟師余すところ子供全うして乗る立ちて望み見ていたずらに惆恨しかれども十七世紀には欧人東洋航して親《まのあた》り活きた自然生活まま観察した多くなりほど長途疾く走るものでない解ったので英国サー・トマス・ブラウン俗説弁惑《プセウドドキシヤ・エピデミカ》』プリニ破り居る李時珍いうその象《かたど》る唐音フウ、フウ吼えるそのそのまましたというんだこれしかるべき凡てどこでもオノマトープとて動物そのとしたすこぶる多い往年学芸志林浜田健次郎わが国詳しく述べられた異名多くある以後しばしば大虫呼んだ見える大きな動物すなわち大親分尊称したらしいスウェーデン牧牛女《うしかいめ》黙者《だんまり》、灰色《はいいろあし》、金歯《きんば》など呼び老爺《おやじ》、大父《おおちち》、十二《にんりき》、金脚《きんあし》など名づけ決してその本名呼ばずまた同国小農輩キリスト昇天日第二言わずいずれもその避けんため(ロイド『瑞典小農生活《ピザント・ライフ・イン・スエデン》』)。カナリース本名言わずベンガルでは必ず叔父ははかたおじ唱う(リウィス『錫蘭セイロン俗伝』)。わが邦にも諸職各々忌詞《いみことば》あって、『北越雪譜杣人《そまびと》猟師から女根まで決して本名称《とな》えぬ挙げ熊野でも巫輩《みこども》山の神また御客様など言い山中天狗天狗呼ばず高様《たかさま》と言ったまた支那李耳《りじ》称う郭璞《かくはく》食う値《あ》えばすなわち止《や》む故に李耳呼ぶその触るればなり〉、応劭《おうしょう》南郡化けた李耳名づくと言った李時珍これとし李耳狸児《りじ》訛《なま》ったので今も支那呼んで為すと言った日本専らたぬき訓《よ》ます支那ではたぬきほか学名フェリス・ヴィヴェリナ、フェリス・マヌル野猫をも呼ぶしたがって野狸別《わか》たんとて家狸異名因って想うに仏経罵って小蛇子と言うごとく狸児蔑して児猫といった意味だろうこれ似て日本擬《なぞら》えた『世事百談』とは大小剛柔遥かに殊《こと》なるといえどもその形状類する絶えて能く似たりされば我邦古《いにし》え手飼の虎いえる古今六帖浅茅生《あさぢふ》の小野篠原いかなれば手飼の虎伏所《ふしどころ》なる」、また源氏物語女三宮見えたり唐土《もろこし》小説山猫という事、『西遊記十三虎穴陥って金星解《とりのぞ》くいえる「〈伯欽道《い》う是個《こ》の山猫来れり云々見る一隻班爛虎〉」あり云々」、これ伯欽恃《たの》んで山猫蔑語したのだ
南方熊楠関する史話伝説民俗」『十二支』1914-23、冒頭
「最も(もっとも)」用例(1940年代)
「最も(もっとも)」用例(1950年代)