命(いのち)

25/07/2017 08:54

→「いのち(命)

用例

六月十日 にて
 御無沙汰いたしました今月初めから当地滞在しておりますからよくこんな初夏一度この高原来てみたいものだ言っていましたやっと今度その宿望かなった訣《わけ》ですまだ誰も来ていないので淋しいことはそりあ淋しいけれど毎日気持よい朝夕送っています
堀辰雄「美しい村」1933-34、冒頭
半年うちに世相変った醜の御楯いでたつ大君こそ死なめかへりみせじ若者散った同じ彼等生き残って闇屋なるももとせねがはじいつゆかんちぎりてけなげな心情送った半年月日うちに夫君位牌ぬかずくこと事務的になるばかりであろうやがて新たな面影宿すのも遠いことではない人間変ったのではない人間元来そういうものであり変ったのは世相上皮だけこと
坂口安吾堕落」1946、冒頭
去年小林秀雄水道橋プラットホームから墜落して不思議な助かつたといふきいた泥酔して一升ビンぶらさげて酒ビンと一緒に墜落したこのきいた心細くなつたものだそれ小林といふ人物煮ても焼いても食へないやうな骨つぽいそしてチミツな人物心得あのだけ自動車ハネ飛ばされたり落つこつたりするやうなことないだらう思ひこんでゐたからそれといふ人間自動車ハネ飛ばされたり落つこつたりしすぎるからのアコガレ的な盲信でもあつた思へば然しかう盲信したのは甚しい軽率で自身過去事実に於いて最もかく信ずべからざる根拠与へられてゐたのである
十六七こと越後親戚仏事ありモーニング着て東京でた上野駅偶然小林秀雄一緒なつた新潟高校講演行くところ二人上越線食堂車のりこみ下車する越後川口といふ小駅までのみつゞけたやうに弱いには食堂車ぐらゐ快適なないので常に身体ゆれてゐるから消化してもたれることなく気持よく酔ふことができる酔つた小林酔つた小林仏頂面似合はず本心やさしい親切なから下車するくるあゝ持つてやると云つて荷物ぶらさげて先に立つて歩いたそこで小林ドッコイショ踏段おいた荷物ありがたうぶらさげて下りて別れたのである山間小駅さすがに人間乗つたり降りたりしないところと思つて感心した第一駅員ゐやしない人ッ子一人ゐないこれ徹底的にカンサンなあるもの人間乗つたり降りたりしないものだからホーム何尺ありやしない背中すぐ貨物列車あるそのうち小林乗つた汽車通りすぎてしまふ汽車なくなつた向ふ側よりも一段高いホンモノプラットホーム現はれた人間だつてたくさんウロウロしてゐらああのとき呆れたプラットホーム反対側降りたわけではないので小林秀雄下ろしたのである
坂口安吾教祖文学」1947、冒頭