のだ 連語
13/11/2011 05:00
[連語]
[準体助詞「の」に断定の助動詞「だ」の付いたもの。話し言葉では「んだ」「のです」となることも多い。]
1.
原因・理由・根拠などを断定的に説明する。използва се при даване на заключително обяснение на причината, основанието и пр. за нещо
夜更かしばかりしているから、そんな風にすぐ風邪をひくのだпонеже непрекъснато стои буден до късни доби/ досред нощ - затова така веднага настива
2.
[意志的な動作を表す動詞に付いて]
話し手の決意や聞き手に対する要求・詰問などを表す。след глагол, обозначаващ волево действие, изразява решителността на говорещия да го извърши или настойчиво искане/ настойчив въпрос към събеседника
なんとしてもこれは成功させるのだ。Каквото и да става, това ще го докарам до успех! さっさと仕事にかかるんだ。Хващай се чевръсто на работа(,какво чакаш)!
3.
[「のだった」の形で]
事態の説明をやや詠嘆的に言い表す。(във формата "のだった") описва дадено положение доста емоционално
彼女はいつまでも一人海を見つめ続けるのだった
[準体助詞「の」に断定の助動詞「だ」の付いたもの。話し言葉では「んだ」「のです」となることも多い。]
1.
原因・理由・根拠などを断定的に説明する。използва се при даване на заключително обяснение на причината, основанието и пр. за нещо
夜更かしばかりしているから、そんな風にすぐ風邪をひくのだпонеже непрекъснато стои буден до късни доби/ досред нощ - затова така веднага настива
2.
[意志的な動作を表す動詞に付いて]
話し手の決意や聞き手に対する要求・詰問などを表す。след глагол, обозначаващ волево действие, изразява решителността на говорещия да го извърши или настойчиво искане/ настойчив въпрос към събеседника
なんとしてもこれは成功させるのだ。Каквото и да става, това ще го докарам до успех! さっさと仕事にかかるんだ。Хващай се чевръсто на работа(,какво чакаш)!
3.
[「のだった」の形で]
事態の説明をやや詠嘆的に言い表す。(във формата "のだった") описва дадено положение доста емоционално
彼女はいつまでも一人海を見つめ続けるのだった
用例
1.
始めて下宿をしたのは北の高台である。赤煉瓦の小じんまりした二階建が気に入ったので、割合に高い一週二磅《ポンド》の宿料を払って、裏の部屋を一間借り受けた。その時表を専領しているK氏は目下蘇格蘭《スコットランド》巡遊中で暫くは帰らないのだと主婦の説明があった。
(夏目漱石「下宿」『永日小品』1909、冒頭)
夫の居間に来た女房は、さきに枕をさせたときと同じように、またじっと夫の顔を見ていた。死なせに起すのだと思うので、しばらくは詞をかけかねていたのである。
(森鷗外「阿部一族」1913)
自分の親しく使っていた彼らが、命を惜しまぬものであるとは、忠利は信じている。したがって殉死を苦痛とせぬことも知っている。これに反してもし自分が殉死を許さずにおいて、彼らが生きながらえていたら、どうであろうか。家中一同は彼らを死ぬべきときに死なぬものとし、恩知らずとし、卑怯者としてともに歯《よわい》せぬであろう。それだけならば、彼らもあるいは忍んで命を光尚に捧げるときの来るのを待つかも知れない。しかしその恩知らず、その卑怯者をそれと知らずに、先代の主人が使っていたのだと言うものがあったら、それは彼らの忍び得ぬことであろう。彼らはどんなにか口惜しい思いをするであろう。こう思ってみると、忠利は「許す」と言わずにはいられない。そこで病苦にも増したせつない思いをしながら、忠利は「許す」と言ったのである。
(森鷗外「阿部一族」1913)
弥一右衛門はほかの人の言いつけられてすることを、言いつけられずにする。ほかの人の申し上げてすることを申し上げずにする。しかしすることはいつも肯綮にあたっていて、間然すべきところがない。弥一右衛門は意地ばかりで奉公して行くようになっている。忠利は初めなんとも思わずに、ただこの男の顔を見ると、反対したくなったのだが、のちにはこの男の意地で勤めるのを知って憎いと思った。憎いと思いながら、聡明な忠利はなぜ弥一右衛門がそうなったかと回想してみて、それは自分がしむけたのだということに気がついた。そして自分の反対する癖を改めようと思っていながら、月がかさなり年がかさなるにしたがって、それが次第に改めにくくなった。
(森鷗外「阿部一族」1913)
始めて下宿をしたのは北の高台である。赤煉瓦の小じんまりした二階建が気に入ったので、割合に高い一週二磅《ポンド》の宿料を払って、裏の部屋を一間借り受けた。その時表を専領しているK氏は目下蘇格蘭《スコットランド》巡遊中で暫くは帰らないのだと主婦の説明があった。
(夏目漱石「下宿」『永日小品』1909、冒頭)
夫の居間に来た女房は、さきに枕をさせたときと同じように、またじっと夫の顔を見ていた。死なせに起すのだと思うので、しばらくは詞をかけかねていたのである。
(森鷗外「阿部一族」1913)
自分の親しく使っていた彼らが、命を惜しまぬものであるとは、忠利は信じている。したがって殉死を苦痛とせぬことも知っている。これに反してもし自分が殉死を許さずにおいて、彼らが生きながらえていたら、どうであろうか。家中一同は彼らを死ぬべきときに死なぬものとし、恩知らずとし、卑怯者としてともに歯《よわい》せぬであろう。それだけならば、彼らもあるいは忍んで命を光尚に捧げるときの来るのを待つかも知れない。しかしその恩知らず、その卑怯者をそれと知らずに、先代の主人が使っていたのだと言うものがあったら、それは彼らの忍び得ぬことであろう。彼らはどんなにか口惜しい思いをするであろう。こう思ってみると、忠利は「許す」と言わずにはいられない。そこで病苦にも増したせつない思いをしながら、忠利は「許す」と言ったのである。
(森鷗外「阿部一族」1913)
弥一右衛門はほかの人の言いつけられてすることを、言いつけられずにする。ほかの人の申し上げてすることを申し上げずにする。しかしすることはいつも肯綮にあたっていて、間然すべきところがない。弥一右衛門は意地ばかりで奉公して行くようになっている。忠利は初めなんとも思わずに、ただこの男の顔を見ると、反対したくなったのだが、のちにはこの男の意地で勤めるのを知って憎いと思った。憎いと思いながら、聡明な忠利はなぜ弥一右衛門がそうなったかと回想してみて、それは自分がしむけたのだということに気がついた。そして自分の反対する癖を改めようと思っていながら、月がかさなり年がかさなるにしたがって、それが次第に改めにくくなった。
(森鷗外「阿部一族」1913)
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