うち(内・中・家・裡) 名詞・代名詞

06/01/2016 15:40

アクセント1-11.7.ちガ 2.チ」
1.

[もともと「
なか(中)」が前後・左右・上下などの両端を除いた中間部・中央部をいうのに対して、「うち」はある範囲の内部をいう。古くは「と(外)」と対立していたが、中世以降「そと(外)」「ほか(外・他)」と対立するようになった。]
1-1.

[「中」とも書く。]

限定されたある一定の区域・範囲の中。вътре в рамките на даден обсег, обхват, район
1-1-1.

仕切られた内側。内部。вътре в ⇔
そと(外)
家のうちвътре в къщата 部屋のうちにひきこもるзатварям се в стаята си 屋敷のうちには関係者以外は一歩も入れるな。
1-1-2.
中心または手前に寄ったほう。навътре към центъра そと(外)
内に切れ込むシュート 内に切れ込んでシュートする/パスを待つ
1-1-3.

[「中」とも書く。]
抽象的に設定されたある範囲の内部。領域内。вътре в рамките на даден абстрактен обхват ⇔
そと(外)
これも仕事のうちだ。Това също влиза в работата. 苦しいうちにも張り合いがあった時代だった そんなのは勉強/仕事/優しさ/親切のうちに入らない。Подобно нещо не влиза в ученето/ работата/ милото отношение/ любезното отношение.
1-1-4.

外から見えないところ。うら。内部。вътрешна част, която не се вижда отвън
うちを探ると、いろいろと問題があるらしい。
1-1-5.
[「中」とも書く。]
心の中。心。内心。вътре в сърцето/ душата на човек; вътрешен свят
腹のうちを探る うちに秘めたもの/思い/情熱нещо/ мисли/ страст, скрита дълбоко в мен うちにこもった恨みненавист, стаена в сърцето
1-1-6.
[「中」とも書く。]
可算的な具体的な事物についてある範囲を限定し、その範囲内で事が考えられるべきことを表す語。なか。в рамките на обхват от конкретно преброими неща; измежду
三つのうちから一つを選ぶизбирам 1 измежду трите 
会員のうちから探すтръся измежду членовете その6人のうちで一番日本語ができるのは誰ですか。Измежду тези шестима души, кой владее японски най-добре? メンバーのうちの誰かに発表してもらいます。Нека някой измежду членовете да направи презентация.
1-1-7.
[「中」とも書く。]
時間的に設定された或る範囲の内部。以内。あいだ。в рамките на времеви обхват; по времето, когато; докато
若い/生きている/元気なうちが花だよ 若いうちに苦労しとくと後が楽になる。Ако положиш усилия и се помъчиш докато си млад, после ще ти е леко. 朝のうちに色々な用事を済ませよう。Да свършим разните задачи, докато е още сутрин. ぐずぐずしているうちに/着かないうちに雨が降りだした 一瞬のうちに消えてしまった。Изпари се за един миг. 出発の日が3日のうちに迫った。До заминаването остават едва 3 дни. 先生が来ないうちに早く済ませてしまおう。Да свършваме по-бързо, докато не е дошъл учителят.
1-2.

自分が所属しているものをいう。посочва нещо/ място, към което човек принадлежи
1-2-1.
[「家」とも書く。]
自分が一員として属する家。また、他人の家も含めて、一般に家庭・家族をいう。домът, чийто член е говорещият; нечий дом;  също така, назовава дом, семейство - и чужди вкл.
子どものころはうちが貧乏で苦労した。Когато бях дете, вкъщи бяхме бедни и беше много тежко. うちじゅうで出かけるизлизаме цялото семейство/ цялата къща よそのうちчужд дом
1-2-2.
[「家」とも書く。]
自分の夫、また、妻。собствен съпруг/ съпруга
うちに相談してからにします。Ще реша като се посъветвам с жена си/ мъжа си.
1-2-3.

自分の所属しているところ。特に、会社・役所・学校などの団体や機関。мястото, към което принадлежи човек, като фирма, училище и пр.    ⇔
そと(外)
うちの学校/会社/社長моето училище/ моята фирма/ моят шеф
1-2-4.

手紙の署名で、妻が夫の名に添えて「内」と書き、代筆であることを示す。
1-3.
[「家」とも書く。]
建物としての家。家屋。къща/ дом (като сграда)
君、いいうちに住んでいるなあ。Живееш на хубаво място/ в хубава къща!
1-4.
[「裡」とも書く。「…のうちに」の形で。]
物事の行われる状況を表す。(в израза "…のうちに") посочва обстоятелствата, в които нещо се случва
暗黙のうちに理解しあうразбират се без думи/ само с поглед 会は成功/混乱のうちに終わった。Сбирката завърши с успех/ с безредици.
1-5.
仏教に関すること。仏教以外、特に儒教を「外《そとほか》」というのに対していう。Будизъм; нещо във връзка с будизма
1-6.
一続きの時間。特に、現世という限られた時間。определена продължителност от време; най-вече, настоящето (като ограничен период от време)
1-7.

内面。内輪。打ち解けた面。вътрешна/ съкровена страна
1-8.
宮中。内裏《だいり》。вътре в императорския дворец
1-9.

天皇。みかど。императорът
2.
関西地方で、多く女性や子どもが用いる。
一人称わたしわたくし自分。(като местоимение) посочва себе си; аз (използва се от жени и деца в региона Кансай)
そろそろ、うち、行くわ。Време е да си тръгвам. うちは嫌やわ うちが悪かったんや。Вината беше моя.

→足元の明るいうち・家《いえ》・内に省みて疚《やま》しからず・内裸でも外錦《にしき》・内広がりの外すぼまり・内を出《い》で違う・内を外にする・蝙蝠《こうもり》も鳥の内・舌の根の乾かぬうち・自慢高慢馬鹿の内・腹も身の内・卑下も自慢の内・目の黒いうち・目高も魚《とと》の内・よそ(余所・他所・外)夜目《よめ》遠目《とおめ》笠《かさ》の内

[用法]

「うち」「
なか
・ある仕切りで区切られた空間・平面などを表す場合は、「外は寒かったが、部屋の内/中には暖かく火が燃えていた」のように、「内」も「中」も同じように使うが、「内」のほうがやや文語的な言い方である。
・ある状態にあることを示す「雨の中を歩く」「忙しい中を無理に頼む」などは「内」に置き換えられな い。また「中の指」のように順序の中間を示すときも「内」とはいわない。
・「大勢の応募者の内/中から選ばれた人」のように、「内」「中」は、また、ある範囲を示すこともある。この場合、ある時間の範囲内であることを示す「朝、まだ暗い内に出発した」や、事柄がある範囲に含まれることを示す「苦労するのも勉強の内だ」などでは、「内」を「中」で置き換えることはできない。
(参考:「大辞泉」など。)

用例

1-1-1.
「うち(内・中・家・裡)」1-1-1.用例
1-1-3.
 井深《いぶか》は
日曜なると、襟巻懐手で、そこいら古道具屋覗き込んで歩るくそのうちもっとも汚ならしい前代廃物ばかり並んでいそうな見世選《よ》ってはあれの、これの捻くり廻す固より茶人でないから、好いの悪いの解る次第ではないが、安くて面白そうなものを、ちょいちょい買って帰るうちには、一年一度ぐらい掘り出し物に、あたるだろうひそかに考えている
夏目漱石「モナリサ」『永日小品』1909、冒頭
 長十郎が忠利の
戴いて願っように平生恩顧受けて家臣うちで、これ前後して思い思い殉死願いして許されものが、長十郎を加えて十八あったいずれも忠利の深く信頼していたどもであるだから忠利のでは、この人々子息光尚《みつひさ》の保護ため残しておきたいこと山々であったまたこの人々自分一しょ死なせる残刻だと十分感じていたしかし彼ら一人一人に「許すという一言を、割くように思いながら与えたは、勢いやむことを得なかっのである
森鷗外阿部一族」1913)
Vanitati creatura subjecta est etiam nolens.――「
造られたるもの虚無服せし己がによるにあらず服せしめ給ひしによるなり。」ロマ書廿
 
虚榮人間的自然における最も普遍的な且つ最も固有な性質である虚榮人間存在そのものである人間虚榮によつて生きてゐる虚榮あらゆる人間的なものうち最も人間的なものである
三木清虚榮について」『人生論ノート』1941、冒頭
1-1-4.
 中国二十四歴史王朝かわるごとに学者たち集めてこしらえた正史にはみな列伝という特殊な形式部分あるそれ英雄豪傑文人学者めざましい行為一世いろどったたちまで個人に関する記録あつめたものであるこの列伝読む多数歴史的人物物語小説ように浮び出て来てその個性声音体臭まで見事に描き出されているのに感心せずにはいられない。「列伝載るほど人物いずれも何等か意味強者であり相当自己主張持ち自分自身一つ象徴一つ代表として社会押し出す人間であるだけにこれら多数人間かもし出す色模様鮮明きわまりない鮮明であるばかりでなくとかとかとか不正とか簡単な標準では片づけられない複雑な人間性いつのまにかそのいかめしい正史文章《うち》読みとられてくるのである
武田泰淳中国文学人間学1948
1-1-5.
 子どもたちからだ慣性意図しないで管理社会コスモロジー引き寄せてしまう累々たる管理社会コスモロジーだがその間隙をぬうようにして同じからだ慣性もう一つコスモロジー出会う場合あるもう一つコスモロジー憑きやすい遊びからだ集まり相互性帯びるときに思い出されるかんけりそのような身体ゲーム一つである
 かんけりかん思いっきりけっとばすとき気持ちいいんだ小六男の子いう中心置かれたあきかん吸い寄せられるようにして物陰から物陰へと忍び寄っていく見せたオニとの距離見切ったときもうからだ物陰からとび出しているオニ猛然と迫ってくるオニからだほとんど交錯するようにしながら一瞬早くあきかん横腹蹴るあきかん空中ゆっくり描いてくるりくるりと舞うときとまれでも叫んでしまいそうな快感押し寄せる同時にという何ものかなく抜け出していきとても身軽になったからだだけ残されるもっともいつもそんなにうまく蹴れるわけではないしばしばかんさわがしいたてながら舗道転がっていったり二、三メートル芝生ぽとんと落ちてとまったりするそれでもかん蹴った喜び変りない
 かん蹴るとき市民社会真の御柱蹴る身ぶり上演している市民社会示すとすればかん秩序中心であり管理塔でもある子どもたちかん蹴ることによって学校地域社会一般そして自己内面管理社会コスモロジー蹴り入れているのだ
 小六少年またいうかんけり隠れているときとっても幸福なんだなんだか温かい気持ちするいつまででも隠れていてもう絶対に出て来たくなくなるんだ管理塔からの監視死角隠れているとき一人であってもあるいは二、三いっしょであっても羊水包まれたような安堵感生まれるいうまでもなくこの籠り管理社会した市民社会からのアジール避難所創建身ぶりなのだ市民社会からの離脱内閉においてかいこまゆつくるようにもう一つコスモス姿現してくるそれ胎内空間にも似て根源的な相互的共同性充ちたコスモスである大人子どもそこで見失った自分なる子ども〉、〈無垢なる子ども再会するのである
 小六男の子最後もう一つつけ加えていうかんけり、「オニ違ってほか救おうとする自分救われたいけれどつかまった仲間助けなくちゃって夢中になるのが楽しいだけどオニ大変だオニ気の毒だから何回かかん蹴られたら交替するんだ実際かんけりでは隠れた誰もオニ見つかって市民社会復帰したいとは考えない運悪く捕われても勇者忽然と現れて自分救出してくれること願っている隠れた囚われた奪い返して帰って来ようとするのはつねにアジール市民社会例外的領域であるオニ気の毒であるのはオニ最初から市民社会住人であるかぎり隠れた何人見つけてもそのこと自分市民社会復帰するドラマ経験しようがないからである隠れる市民社会では囚われ人以外ではなくしたがってオニ管理者であることやめることはできない
(栗原彬「かんけり政治学1984
1-1-6.
「うち(内・中・家・裡)」1-1-6.用例
1-1-7.
「うち(内・中・家・裡)」1-1-7.用例
1-2-1.
 
早稲田移ってからだんだん瘠せて来たいっこうに小供遊ぶ気色ない当る縁側寝ている前足揃えたに、四角載せてじっと植込眺めたままいつまでも動く様子見えない小供いくらその騒いでも知らぬ顔している小供でも初めから相手しなくなったこのとても遊び仲間できない云わんばかりに、旧友他人扱いしている小供のみではない下女ただ三度食《めし》を、台所置いてやるだけそのほかには、ほとんど構いつけなかったしかもそのたいてい近所いる大きな三毛猫来て食ってしまった別に怒る様子なかった喧嘩するところ見た試しないただじっとして寝ていたしかしそのどことなく余裕《ゆとり》ない伸んびり楽々とに、日光領しているのと違って動くべきせきないために――これでは、まだ形容足りない來懶《ものう》さあるまで通り越して動かなければ淋しいが、動くなお淋しいので我慢してじっと辛抱しているように見えたその眼つきは、いつでも植込見ているが、彼れおそらく木の葉も、意識していなかったのだろう青味がかった黄色い瞳子《ひとみ》を、ぼんやり一と所《ひとところ》落ちつけているのみである彼れ家《うち》小供から存在認められぬように自分でも世の中存在判然《はっきり》と認めていなかったらしい。Откакто се преместихме във Васеда, котката постепенно отслабна. Непоказва ни най-малък признак на желание да играе с децата. Когато слънцето напича, се излежава на тясната дъсчена верандичка. Поставил четвъртитата си брадичка върху събраните си предни крачета и вперил поглед в гъсталака в двора, без какъвто и да е признак на движение. Колкото и децата да вдигат врява наоколо му, прави се, че не ги забелязва. А и те също, още от началото спряха да му обръщат внимание. С тази котка не може да се играе – само дето не казват и се отнасят към стария си приятел като към непознат. И не само децата; прислужницата, освен дето по 3 пъти на ден му оставяше храна в ъгълчето на кухнята, почти въобще не му обръщаше внимание. При това, тази храна в повечето случаи идваше и я изяждаше една голяма шарена котка на бели, черни и кафяви петна, която се навърташе в района около нас. Нашата котка нямаше вид да се сърди особено. Изглеждаше сякаш достигнал вече някъде отвъд предела на апатичност и безразличие, нещастатен е, когато не помръдва, като че ли нещо му липсва, ала още по-нещастен е, когато се раздвижи и затова се сдържа, търпи безропотно. Погледът му бе всякога отправен към гъсталака в двора, ала той навярно не осъзнаваше нито листата на дърветата, нито формата на стволовете им. Просто вяло е спрял жълто-зеленикавите си очи върху една точка. Така както съществуването му бе пренебрегвано от децата и той самият също изглежда не възприемаше ясно съществуващото в света около себе си.
夏目漱石「猫の墓」『永日小品』1909、冒頭、В превод на Агора София, 2011)
 俳諧師松風蘿月《しょうふうあんらげつ》は今戸常磐津師匠しているをば今年盂蘭盆にもたずねずにしまったので毎日その事のみ気にしているしかし日盛り暑さにはさすがに家《うち》出かねて夕方なるのを待つ夕方なる竹垣朝顔からんだ勝手口行水つかった後《のち》そのまま真裸体《まっぱだか》晩酌傾けやっとの事離れると、黄昏焚く蚊遣《かやり》と共にいつかなり盆栽並べた往来には簾越し下駄職人鼻唄話声にぎやかに聞え出す。蘿月は女房のお滝に注意されてすぐに今戸行くつもり格子戸出るのであるがその辺涼台《すずみだい》から声をかけられるがまま腰を下すと、一杯機嫌話好に、毎晩きまって埒もなく話し込んでしまうのであった
永井荷風すみだ川」1909、冒頭
1-2-2.
こなたも
うち[=自分ノ妻]ぢやと思し召しては、又例の我がままが出ませう程に
お袋さまやおうちさま[=奥様]が、はやはや、お大体《たいてい》さまではござりませぬ
滑稽本式亭三馬浮世風呂」1809-13)
わたしらが
うち[=夫]なんぞは出好きでの
滑稽本式亭三馬浮世風呂」1809-13)
1-3.
 二人二階並べていたその赤黒く光った様子ありありと二十今日《こんにち》までも、残っている部屋北向で、高さ足らぬ小窓を前に二人喰っつけるほど窮屈な姿勢下調《したしらべ》した部屋薄暗くなると、寒いのを思い切って窓障子明け放ったものであるその真下家《うち》の、竹格子若いぼんやり立っている事があった静かな夕暮などその姿際立って美しく見えた折々ああ美しい思ってしばらく見下《みおろ》していた事もあったけれども中村には何にも言わなかった。中村も何にも言わなかった
夏目漱石「変化」『永日小品』1909、冒頭
 ひっそりとしているちょうど主人決心とが言わずに知ってように家来女中知ってたので、勝手からもからも笑い声なぞ聞こえない。
森鷗外阿部一族」1913)
向田邦子蜘蛛」1982、冒頭
1-4.
 殉死許し家臣十八なっとき五十久しい治乱うち身を処して人情世故《せいこ》あくまで通じて忠利は病苦にも、つくづく自分十八について考えた。生《しょう》あるもの必ず滅する老木朽ち枯れるそばで、若木茂り栄えて行く嫡子光尚の周囲いる少壮者《わかもの》どもから見れば自分任用している老成人《としより》は、もうなくてよいのである邪魔にもなるのである自分彼ら生きながらえさせて自分同じ奉公を光尚にさせたい思うが、その奉公を光尚にするものは、もう幾人も出来ていて手ぐすね引いて待っているかも知れない自分任用ものは、年来それぞれ職分尽くして来るうちに、怨みをも買ってよう少くも娼嫉《そねみ》なっているには違いないそうしてみれば強いて彼らながらえていろいうは、通達考えではないかも知れない殉死許してやっ慈悲であっかも知れないこう思って忠利は多少慰藉ような心持ちなっ
森鷗外阿部一族」1913)
1-5.

うち
には五戒を保つて慈悲を先とし、外には五常を乱さず礼儀を正しうし給ふ人なれば
(「
平家物語」13世紀前半
1-6.

たまきはるうちの限りは平らけく安くもあらむを
(「
万葉集奈良時代
1-7.

外《ほか》には仁義礼智信の五常を守りつつ、
うちにはまた、花鳥風月、詩歌管絃を専らとし
謡曲経政/経正」)
1-8.

君はまづ
うちに参り給ひて
紫式部源氏物語平安中期
相撲《すまい》のことにより
うちにさぶらひつれど
藤原道綱母蜻蛉日記/かげろふ日記」10世紀後半
1-9.

うち
の渡らせ給ふを、見奉らせ給ふらむ御心地
清少納言枕草子平安中期
しばしこの事もらし侍らじ。
うちにも奏せさせ給ふな
紫式部源氏物語平安中期