「に」3-1.用例

19/06/2017 18:50

→「3-1.

用例

あやしがりて寄りて見る、筒の中光りたり
(「竹取物語平安初期
造らず造らず言えりさればより生ずるには万人万人みな同じにして生まれながら貴賤上下差別なく万物たる働きをもって天地あるよろず資《と》りもって衣食住達し自由自在互い妨げなさずしておのおの安楽にこの世渡らしめ給う趣意なりされども広くこの人間世界見渡すかしこきありおろかなるあり貧しきあり富めるあり貴人あり下人ありてその有様相違ある似たるなんぞやその次第はなはだ明らかなり。『実語教、「学ばざればなしなき愚人なりありされば賢人愚人学ぶ学ばざるによりてできるものなりまた世の中むずかしき仕事ありやすき仕事ありそのむずかしき仕事する身分重き名づけやすき仕事する身分軽きというすべて用い
 越後三条生れなり兼ねたり伯父春庵とて医師なりよりは伯父愛せられて幼きより手習学問こと皆な伯父世話なりし自ら言う異ななれど物覚えよく聞て二三知るほどなりしゆえ伯父なお入れてこのこそ穂垂という苗字知らせまたその生国としてこのをも挙るものなれとていよいよ珍重して教えられ逢えばその吹聴さるる嬉しき思いますます学問入れしゆえ神童言われ十三小学校助教なれり名誉伯父面目ためには三条町幅狭きようにてこのばかりか近郷褒め草ある県令学校巡廻あり講義聴かれて天晴慧しきかなこれまで巡廻せし学校生徒うち比べるなし校長語られたりこの洩れ聞きてさてはこの冠たるのみならず新潟県下第一俊傑なりしこの県下第一ならば全国英雄集まる東京出るとも第二流には落つまじ俄かに気強くなりて密かに我と握りて打笑みたりこの頃考えには学者政治家などという区別考えなく豪傑英雄というのみにはありしなりさりければなおさらに学問励み新たに来る教師には難問かけて閉口させにはにも伯父にも開かせぬなり十五新潟出て英学せし教師教うるところ低くして満足せず八大家文読み論語さえ講義天下経綸せんとするオメオメと持つ持つ風船乗ってしつつ廻るのと児戯に類する学ばんや東京出でばかかるあるまじ深淵あらねば潜れず東京出て我が才識研ぎ驚かすほど大功業建てる天下第一大学者ならん一詩のこして新潟学校去り在所かえりて伯父出京語りし伯父顰め、「東京にて勉学望むところなりしかしまだ早し卑近なりとて知り覚ゆるだけ方便なり二三新潟にて英学なしその上にて東京出でよ学問にはよらじ上磨きだけ東京にてせよ止められ屈して一年独学したれどはしる如き出京志し弱き手綱繋ぐべきにあらず十七なりし決して伯父乞いもし許されずは出奔せん覚悟様子それ悟りて左まで思わば出京せよ許可得たり
饗庭篁村良夜」1889、冒頭
 木理《もくめ》美しき槻胴《けやきどう》にはわざと赤樫用ひたる岩畳作り長火鉢対ひて話し敵なく一人少し淋しさうに坐り居る三十前後やうに立派何日《いつ》掃ひし剃つたる痕《あと》青々と、見る覚むべき雨後とどめて翠《みどり》匂ひひトしほ床しく鼻筋つんと通り目尻キリリと上り洗ひ髪ぐるぐると酷く丸めて引裂紙《ひっさきがみ》あしらひ一本簪ぐいと留め刺した色気なしつくれど憎いほど烏黒《まっくろ》にてある髪の毛一ト《ふさ》後《おく》れ乱れて浅黒いながら渋気抜けたるかかれる趣きは、年増嫌ひでも褒めずにはおかれまじき風体わがものならば着せてやりたい好みある好色漢《しれもの》随分頼まれせぬ詮議では為《す》べきさりとは外見《みえ》捨てて堅義自慢した装《つく》り方選択《えらみ》こそ野暮ならね高が二子綿入れ繻子襟かけた着て何所《どこ》紅《べに》くさいところなく引つ掛けたねんねこばかり往時《むかし》何なりしやら疎《あら》い糸織なれどとて幾度か潜つて来たなるべし
幸田露伴五重塔」1891-92、冒頭
 間數玄關まで入れて手狹なれども吹とほし風入りよく廣々として植込木立茂ければ住居うつてつけ見えて場處小石川植物園ちかく物靜なれば少し不便にしてにはなき貸家ありけりはりしより大凡《おほよそ》ごしにも成けれどいまだに住人《すみて》さだまらでなきいと空しくなびく淋しかりき何處までも奇麗にて見こみ好ければうちには二人三人拜見とて來るもの無きにはあらねど敷金家賃三十限り取たてにて五十といふ夫れ下町相場とて折かへして來る無かりきさるほどに此ほど朝まだき四十近かるべき年輩《としごろ》紡績浴衣《ゆかた》少しさめたる着て至極そゝくさと落つき無き差配もと來たりて見たしといふ案内して其處此處戸棚など見せてあるく其等こと片耳にも入れで四邊《あたり》靜にさわやかなる喜び今日より直にお借り申まする敷金唯今置いて參りまして引越し夕暮いかにも急速で御座ります直樣掃除かゝりたう御座りますとて何の子細なく約束とゝのひぬ職業問へばいゑ別段これといふ御座りませぬとて至極曖昧答へなり人數聞かれて何だか四五御座ります七八にも成ります始終《とほし》ごたごたして御座りませぬといふ妙な思ひし掃除すみて日暮れがた引移り來たりし相乘りかけ姿つゝみて開きたる眞直に入りて玄關おろしければともともには見えじ思ひしげなれど乘り居たる三十利きし女中一人十八には未だ思はるゝやう病美人にも手足にも血の氣といふもの少しもなく透きとほるやうに蒼白きいたましく見えて折から世話やき來て居たりし差配此人《これ》先刻《さき》そそくさともとも受とられぬ思ひぬ
樋口一葉「うつせみ」1895、冒頭
 市太夫も五太夫も
島原軍功新知二百石もらって別家しているが、中にも市太夫は早くから若殿附きなっていたので代替りなって羨まれる一人である。市太夫が膝を進めた。「なるほどようわかりました実は傍輩言う、弥一右衛門殿先代遺言続いて奉公なさるそうな親子兄弟相変らず揃うて勤めなさるめでたいことじゃ言うでござりますその何か意味ありげ歯がゆうござりました
森鷗外阿部一族」1913)
 言語は、すべて一定音《おん》一定意味結合して成立つものであって言語外形なし意味その内容成しているのであるかような言語外形成すは、どんなになっているかを考えて見る箇々単語ような意味有する言語単位は、その種々様々であってこれによって一つ一つ違った意味有する種々単語区別して示しているのであるが、その姿を、それ自身として観察してみると、一定単位から成立っているのであってかような単位が、或る場合にはただ一つで、或る場合にはいくつか組合わされて意味有する箇々言語単位種々様々な外形形づくっているのであるかような言語外形形づくる基本なる単位は、国語においては、例えば現代語の「あたま(頭)」はア・タ・マの三つ、「かぜ(風)」はカ・ゼの二つ、「すこし(少)」はス・コ・シの三つ、「ろ(櫓)」や「を(尾)」はそれぞれ又はオの一つから成立っている
橋本進吉「国語音韻の変遷」1938、冒頭