ということは(と言うことは) 連語

20/07/2015 08:28

といふことは」]
連語
1.
[副詞句のように用いて。]
結局は。つまりは。с други думи
まだぐずぐず言ってるの?ということは、嫌だということなんだね。Пак ли мърмориш?Значи все пак ти е неприятно. 彼は改正案に賛成した。ということは、我々と同じ立場なのだ。Той се съгласи с плана за подобрение. С други думи, с него сме на една позиция.
2.

副詞的に用いて。]
…というわけは。
という意味は。значи,че
あれほど大切にしていたあの家を売ったということは、おそらく事業に失敗したのだろう。Щом като е продал дома,на който така много държеше,значи ще да се е провалил в бизнеса.

用例

1.
 一五九〇徳川家康そのころ江戸という名前知られていた今日東京入ったときここにはいくらか寂れたあるばかりでした二〇ほどうちそことても活気あるなり難船してここ訪れたフィリピン総督ドン・ロドリゴ・デ・ビベロこの都市計画褒め讃えてから見たところではスペイン家屋もっと美しいように見えるけれども入る日本ほう美しさにおいて上回る書きましたそのころ東京一五ぐらい人口持っていました
  家康このつくってから一〇〇ほど人口一〇〇超えるほど増えその頃八七だったロンドン五四だったパリ二五だったウィーンこれまた二五だったモスクワ一七だったベルリンしのぐ都市なりました一七世紀半ばから一九世紀半ばにかけて東京世界最大都市でした
  その一〇〇人口半分ほど全国各地から集められてきた中央政府管理ならびに護衛携わっているでしたあと半分町人職人でしたこの都市内部には農民ほんの少ししかいませんでした一七九四老中松平定信政策足りなくなった場合貯蔵用意できましたということはいざと言うときには五〇町人職人たちこの蓄えられた半年ほど食いつなぐことができるというわけでした
鶴見俊輔戦後日本大衆文化:1845~1980年」1984)
 思い出すしばらく訪れた高齢者グループホームこと
 住むいなくなった木造民家ほとんど改修せずに使うデイ・サーヴィス施設だったもちろんバリアフリーからはほど遠い玄関には石段あり玄関引く玄関間ある脱いでよいしょ上がるこんどそれ開けてみな集《つど》っている居間入る軽い認知症患っているその女性お菓子おしゃべり興じている老人たちにはすぐに入れず呆然と立ちつくすなんとなくいたたまれず折ってしゃがみかけるとっさどうぞいざりながら自分使っていた座布団差しだす伸びる。「おかまいなく座布団押し戻し、「言うておす遠慮せんといっしょお座りやすふたたび座布団押し戻される…。
 和室居間立ったままでいること不自然である。「不自然であるのはいうまでもなく人体にとってではない居間という空間においてである居間という空間求める挙措立ったままでいること合わない高みからひとたち見下ろすこと反するだからいたたまれなくなって腰を下ろすこれからだ憶えているふるまいであるからだひとりでにそんなふう動いてしまう
 からだなかあるというのはそういうことからだ動き空間との関係ということは同じくそこいるひとびととの関係ある整えられているということ
(鷲田清一「身ぶり消失」2005)
2.
  弥一右衛門はつくづく考えて決心した。自分身分で、この場合殉死せずに生き残って家中もの顔を合わせているということは百人百人所詮出来ぬことと思うだろう犬死知って切腹するか、浪人して熊本去るかのほかしかたあるまいだがおれおれだ。よい武士とは違う気に入らぬからといって立場なくなるはずはないこう思って一日一日ごとく勤めていた
森鷗外阿部一族」1913)
したがって現石一〇パーセント家禄保証されたうえ旧債一切明治新政府引き受けてくれたということは領主権喪失ひきかえてもなお維新変革領主たちにとって笑顔むかえいれるべき慶事であったということになる領主階級維新変革による被害者ではなく利得者なのである
大石慎三郎江戸時代」1977)
 連続性感覚変化ということについて私たち形見というものについて日本人感覚変化挙げることができます形見という場合それ属するものではなくむしろ着物かかわること多いのです日本民間宗教研究者高取正男よります日本だれか亡くなった記念もらったこと表わす形見という言葉そこ見えないものこのもの通して見る見るということからきているそうです形見持っているということはいま死んでしまったある見えないこのもの頼りとして見る広く日本社会あるということ前提します日本文化にとってこのような能力とても長い期間あったのですがそれ六〇年代以来くらし方変動とともに実に速く衰えています
鶴見俊輔戦後日本大衆文化:1845~1980年」1984)