そら(空・虚)

13/02/2012 04:31

アクセントら]


[古くは、「そら」は天と地との間の虚空を指し、神々の住む天上界を「あめ(天)」といった。]
1-1.

頭上のはるか高いところにある広がりのある空間。地上はるか上方の弧状の広がり。天。天空。また、
空中。宙。пространството високо над земната повърхност;въздух; небе
東の空が白んできた 鳥のように空を飛び回りたい その凧はは空高く舞い上がった 青い空と白い雲синьо небе и бели облаци 空飛ぶ鳥 空に輝く星звезди, блещукащи в небето
1-2.

天気の具合などの、天空のようす。天候。空模様。небе (в смисъл на метеорологичните условия; времето)
変わりやすい秋の空променливо есенно небе 今にも降り出しそうな空небе, което изглежда така, сякаш всеки момент ще завали
1-3.

居住地や本拠地・立脚点などから遠く離れている所。また、そのような境遇。

異国の空чуждо небе 旅の空 故郷の空を懐かしむмъчно ми е за родното небе
1-4.

[多く「そらもない」の形で]

心の状態。心持ち。心地。心境。気持ち。また、心の余裕。(най-често във формата 「そらもない」) настроение; състояние на духа

生きたそらもない

1-5.

[「そらで」の形で]

すっかり記憶していて、書いたものを見ないで済むこと。(във формата 「そらで」 ) наизуст; без да се налага да поглеждам записан текст
空で覚えている 御堂筋線の駅名をそらで言えるмога да кажа наизуст имената на всички гари по линията Мидосуджи
1-6.

家の屋根や天井裏、木の梢など、高いものの上部。てっぺん。върхът/най-горната част на нещо високо (покрив, върховете на дърветата и пр.)
高い木のそらвърхът на високо дърво

1-7.

嘘。偽り。

→空を使う

形動][ナリ
2-1.

他に心を奪われ、ぼんやりして当面の事柄に対応できないでいるさま。しっかりした
意識がもてないさま。魂が抜けたようなさま。うわのそら。
2-2.

助詞「に」を伴って副詞的に用いることが多い。]
често се използва като наречие, придружено от частицата 「に」.
2-2-1.

明確な
目的動機などのないこと。あてどないこと。без ясна цел или подбуда
2-2-2.

明確な
原因・理由もなく事が起こるさま。偶然。случайно; ненадейно
2-2-3.

明確な根拠もなく推量するさま。それとなく感知すること。без сигурно доказателство; по усет

接頭][名詞動詞形容詞などに付く。]
実体・事実・根拠がない、などという意を表す。
3-1.

見せかけだけの。うその。いつわりの。фалшив; неистинен; престорен

そら涙
крокодилски сълзи 他人の空似 そら寝престорен сън そら笑いпресторен смях 空泣きпресторен плач 空とぼける 空うそぶく
3-2.

事実
でない。実体のない。
絵空事 父の声がしたと思ったが、空耳だった。
3-3.

信頼
できない。あてにならない。на който не може да се вярва; недостоверен
空頼み 空覚えбегъл спомен
3-4.

はっきりした理由のない、わけのわからない、なんとなく、などの意を表す。
空恐ろしい そら恥かしい 空解け


青空秋空雨空・大空・曇り空星空・空がない・空聞かず・空知らず・空知らぬ雨・空飛ぶ鳥も落とす・空に標《しめ》結《ゆ》う・空に知られぬ雪・空に巣掻《すが》く・空に三つ廊下・空吹く風と聞き流す・空を歩む・空を使う・梅雨空夏空冬空夕空

用例

1-1.
このあいびき先年仏蘭西《フランス》死去した露国では有名な小説家ツルゲーネフという端物《はもの》です今度徳富先生依頼訳してみました訳文我ながら不思議とソノ何んだこれでも原文きわめておもしろいです
九月中旬というころ一日自分さる座していたことあッた今朝から小雨降りそそぎその晴れ間にはおりおり生ま煖《あたた》かな日かげ射してまことに気まぐれな空ら合いあわあわしい白ら雲空ら一面棚引くかと思うとフトまたあちこち瞬く間雲切れしてむりに押し分けたような雲間から澄みて怜悧《さか》し気《げ》に見えるごとくに朗《ほがら》かに晴れた蒼空のぞかれた自分座して四顧してそして傾けていた木の葉頭上幽《かす》かに戦《そよ》いだその聞たばかりでも季節知られたそれ春先するおもしろそうな笑うようなさざめきでもなくゆるやかなそよぎでもなく永たらしい話し声でもなくまたおどおどしたうそさぶそうなお饒舌《しゃべ》りでもなかッたただようやく聞取れる聞取れぬほどしめやかな私語であったそよ吹く忍ぶように木末伝ッた照る曇るじめつくようす間断なく移り変ッたあるいはそこありとあるすべて一時微笑したように隈なくあかみわたッてさのみ繁くないほそぼそとした思いがけず白絹めくやさしい光沢《つや》帯び地上散り布《し》いた細かな落ち葉にわかに映じてまばゆきまでに金色《こんじき》放ち頭《かしら》かきむしッたような「パアポロトニク」(類いみごとなしかも熟《つ》えすぎた葡萄めく帯びた際限なくもつれからみして目前透かして見られた
ツルゲーネフ作・二葉亭四迷訳「あひびき」1888)
眼が覚めたら昨夜《ゆうべ》抱いて寝た懐炉冷たくなっていた硝子戸越《ごし》に、眺めると、重い三尺ほどように見えた痛みだいぶ除《と》れたらしい思い切って起き上がると、予想よりも寒いには昨日《きのう》そのままである
夏目漱石「火鉢」『永日小品』1909、冒頭)
切れたから、立ち留まって仰向くと、火の粉もう通る置く澄み切って深いに、数を尽くして飛んで来ては卒然消えてしまうかと思うとすぐあとから鮮なやつが、一面吹かれながら追(おっ)かけながらちらちらしながら熾《さかん》あらわれるそうして不意消えて行くその飛んでくる方角見ると、大きな噴水集めたように一本なって隙間なく寒い染めている二三大きなある長い石段途中太い静かな夜《よ》張って土手から高く聳えているその後《うしろ》から起る黒い動かぬことさらに残して余る真赤である火元この高い土手に違《ちがい》ないもう一町ほど行って上《あが》れば現場出られる
夏目漱石「火事」『永日小品』1909、冒頭)
夏目漱石「行列」『永日小品』1909、冒頭)
ピトロクリの真下ある十月が、眼に入る暖かい染めたに、寝たり起きたりしている十月静かな空気半途包《くる》んでじかににも落ちて来ぬと云って山向《やまむこう》逃げて行かぬないに、いつでも落ちついてじっと動かずに靄んでいるそのしだいに変って来る酸いものいつの間にか甘くなるように全体時代がつく。ピトロクリのは、この百年昔《むか》し二百かえってやすやすと寂びてしまう熟れた揃えて渡る見るその白くなり灰色なる折々薄いから地《じ》透かせて見せるいつ見ても古い心地する
夏目漱石「昔」『永日小品』1909、冒頭)
ちょうど荼毘最中であった。しててい家臣たち群れに、「あれが」と言うた。境内木立ち限られて、鈍い青色ている円形井筒ように垂れかかっている葉桜に、かいて飛んでのであるСлучи се точно по средата на кремацията. При дружителите на ковчега бяха дошли, когато всред тълпата от подчинени на господаря се чу глас да казва „Вижте, ястребите, ястребите!”. Под тъмно синьото небе, очертано от кедровата горичка в пределите на храма, над кръгъл каменен кладенец бе надвиснала като шапка за дъжд раззеленила се сакура и над която два сокола летейки описваха кръгове.
森鷗外阿部一族」1913)(МОРИ ОГАЙ “КЛАНЪТ АБЕ” в превод на Нино Калоянов)
1-4.
観菊などというは無い
二葉亭四迷浮雲」1887-89)
1-6.
それがしが木のにゐれば
狂言柿山伏」)
あの高い木のから飛んだれば
狂言柿山伏」)
2-1.
たもとほり往箕《ゆきみ》の里に妹を置きて心なり土は踏めども
(「万葉集奈良時代
此頃は心もに泣暮し
尾崎紅葉金色夜叉」1897-1902)
2-2-1.
に出でていづくともなく尋ぬればとはの見ゆるなりけり
西行山家集平安末期 
2-2-2.
二人の人、同じ夜、に相(ひ)会へり
(「今昔物語集平安後期 
2-2-3.
それ、しかあらじと、にいかがは推し量り思ひくたさむ
紫式部源氏物語平安中期
富士の山を見れば、都にてに聞きししるしに、半天にかかりて群山に越えたり
(「海道記鎌倉時代