内部(ないぶ)

19/09/2015 11:59

→「ないぶ(内部)

用例

「内部(ないぶ)」用例(1980年代)
 内部において多様性や他者性を見いだすことは、内部を出ることにはならない。柳田は民俗学を「内省の学問」だといったが、同様に、それは共同体のなかでの「内省」でしかない。つまり、こうした科学的考察は実際は一国モデルのなかでの独我論的な「内省」でしかなく、それ自体がネオ国学イデオロギーとして機能するのである。
 天皇制を相対化すると称して、それ以前の多元的状態に遡行しようとする、もっと“根源的な”企ては他にもある。それは柳田と同様に、「南島」に向かうことになる。ある者は文字どおり「南島」に向かい(吉本隆明)、ある者は縄文文化やアイヌ(梅原猛)に向かう。南であれ東であれ、また天皇制を否定しようと肯定しようと、この種の「内省」は何ももたらさない。それは70年代以降に氾濫しはじめた「日本・日本人論」が何ももたらさないのと同じであって、こうした言説を流行させた空間の歴史性こそ問われねばならない。
(柄谷行人「終焉をめぐって」1990)