モスクワ(莫斯科) 固有名

18/04/2017 15:03

ロシア連邦の首都。同国の西端部に位置する。市街はクレムリン宮殿と隣接のあかのひろば(赤の広場)を中心に放射状に建設され、モスクワ大学・ボリショイ劇場や各種博物館など多くの教育・文化施設がある。同国最大の工業都市であり、芸術・文化・交通の中心地。鉄鋼・金属・機械・車両・化学などの工業が発達。13世紀に「モスクワたいこうこく(モスクワ大公国)」の首都、15世紀以降はロシア帝国の首都となったが、1712年に「サンクトペテルブルク」に遷都、ロシア革命後の1918年、再び首都となった。1990年、「モスクワのクレムリンと赤の広場」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録。英語名モスコー。人口、行政区1049万(2008)。

ドニエプルがわ(ドニエプル川)

用例

 一五九〇徳川家康そのころ江戸という名前知られていた今日東京入ったときここにはいくらか寂れたあるばかりでした二〇ほどうちそことても活気あるなり難船してここ訪れたフィリピン総督ドン・ロドリゴ・デ・ビベロこの都市計画褒め讃えてから見たところではスペイン家屋もっと美しいように見えるけれども入る日本ほう美しさにおいて上回る書きましたそのころ東京一五ぐらい人口持っていました
  家康このつくってから一〇〇ほど人口一〇〇超えるほど増えその頃八七だったロンドン五四だったパリ二五だったウィーンこれまた二五だったモスクワ一七だったベルリンしのぐ都市なりました一七世紀半ばから一九世紀半ばにかけて東京世界最大都市でした
  その一〇〇人口半分ほど全国各地から集められてきた中央政府管理ならびに護衛携わっているでしたあと半分町人職人でしたこの都市内部には農民ほんの少ししかいませんでした一七九四老中松平定信政策足りなくなった場合貯蔵用意できましたということはいざと言うときには五〇町人職人たちこの蓄えられた半年ほど食いつなぐことができるというわけでした
鶴見俊輔戦後日本大衆文化:1845~1980年」1984)