あつた(有つた・在つた)

24/07/2015 07:26

→「あった(有った・在った)

用例

[発表年順]
 長いこと物蔭にはまだ殘つて居り村端れ一片《ひとつ》青んでゐない晴れたそことなく霞んで雪消《ゆきげ》泥濘《ぬかるみ》處々乾きかかつためいた薄ら温かく吹いてゐたそれ明治四十四月一日ことであつた
 學年始業式なので、S尋常高等小學校代用教員、千早健《ちはやたけし》平生より少し早目に出勤した白墨《チヨオク》汚れた木綿紋附擦り切れた長目穿いてクリクリした三分刈帽子冠らず――帽子有つてゐなかつた。――亭乎《すらり》とした眞直にして玄關から上つて行く早出生徒毎朝控所彼方此方から驅けて來て恭しく迎へる中には態々叩頭《おじぎ》する許《ばつか》り其處待つてゐるあつたその殊に多かつた平生三倍四倍……遲刻勝な成績惡いさへ交つてゐた。健直ぐ其等心々溢れてゐる進級喜悦想うたそして何がなく曇つた
 その解職願してゐた
石川啄木足跡」1909冒頭
芥川龍之介」1920、冒頭
 子供やん謂はれて居た小悧好なあつたさして生計豊かといふわけではなかつたさうかといつて苦しいといふわけではなく田畑少しにも貸して自分でも充分な耕作して居たやうなところからばかり引きつづいて生れたひよつこり男の子として生れた家庭ひた愛で愛でつくして《なにがし》といふりつぱな名前あるにも拘らず坊や坊や呼び呼びした隣家もの先づやん呼び出した何時の間にか村中誰彼となくやんやん呼ぶやうになつてしまつた
飯田蛇笏「秋風」『山盧随筆』1958、冒頭
[発表年未詳・筆者生年順]
讀み乍ら東北人たる作者西國土地書いてゐること感じた眞實即した立場から云ふ西國地方色西國人らしい情調乏しい云つていゝ默阿彌島千鳥松島千太明石島藏には大まかながらも東北人中國人との面目現はれてゐる徳富蘆花黒潮出て來る肥後人長州人にも何處となくその出生地面影見られる眞山新作人物には土佐つぼらしいところ長州人らしいところさう現はれてゐないやうである言葉佐訛り薩長土語殆んど用ひなかつたのは取つて付けたやうに所々用ひるよりも却つてサッパリしていゝのであるがそれにしても臺詞臭ひない田舍青武士一知半解理窟振り廻してあばれてゐるにしては臺詞調ひ過ぎてゐる中村吉藏井伊大老など幕末物西國武士無器用な締りない臺詞どことなくあの若い下級武士らしい趣きあつたやうに思ふ
正宗白鳥(1879-1962)「文藝時評真山青果坂本龍馬」」)