ご(御)

01/04/2014 10:23

1.

[「御前《ごぜん》」の略《りゃく》か。]

婦人《ふじん》の敬称《けいしょう》。
格助詞「の」 を介《かい》して、呼び名《よびな》に付《つ》ける。уважително название за (зряла) жена; дама; обикновено се добавяло след даденото и по линия на пост и пр. име, като двете думи се свързват с частицата "の"
2.
接頭
2-1.
[主《しゅ》として
漢語名詞などに付《つ》く。まれに和語にも付《つ》く。]
尊敬
の意《い》を表《あらわ》す。като префикс се долепя главно пред съществителни имена с йероглифен произход и изразява уважение, почтителност; в редки случаи се използва и със собствено японски думи
ご意見 ご家族 ご家庭 ご両親 ご本 御殿
2-2.
[動作《どうさ》を表《あらわ》す漢語に付《つ》く。]долепено пред йероглифни съществителни, обозначаващи действие
2-2-1.
の行為《こうい》に対《たい》する尊敬の意《い》を表《あらわ》す。изразява уважение, почит към действията на другите
ご覧ください。Моля, погледнете. ご説明いただけますか。Бихте ли могли да ми обясните. ご帰国なさる ご出勤 ご成人の暁には
2-2-2.
行為《こうい》の及《およ》ぶ他人《たにん》を敬《うやま》って、自分《じぶん》の行為《こうい》をへりくだって言う。себеснишава вършителя на действието и изразява уважение, почит към обекта на това действие
ご案内するще Ви упътя ご紹介する ご招待するотпавям скромна покана ご挨拶にうかがうпосещавам (някого) за поздрав
2-3.

漢語名詞に付《つ》いて。]
丁寧
・上品《じょうひん》に言う。долепено към някои йероглифни съществителни, придава учтивост, изисканост на изказа
ご飯 御詠歌 ご馳走 御膳
3.
接尾
[人物《じんぶつ》を表《あらわ》す名詞に付《つ》いて。]
尊敬
の意《い》を添《そ》える。като суфикс се добавя след съществителни, обозначаващи лица и показва уважение
叔父御 てて御 姪御様 親御 殿御

御《お》

用例

1.
伊勢のもかくこそありけめと
紫式部源氏物語平安中期
故后《きさい》の宮の達、市に出でたる日に
(「大和物語平安中期
2-1.
間數玄關まで入れて手狹なれども吹とほし風入りよく廣々として植込木立茂ければ住居うつてつけ見えて場處小石川植物園ちかく物靜なれば少し不便にしてにはなき貸家ありけりはりしより大凡《おほよそ》ごしにも成けれどいまだに住人《すみて》さだまらでなきいと空しくなびく淋しかりき何處までも奇麗にて見こみ好ければうちには二人三人拜見とて來るもの無きにはあらねど敷金家賃三十限り取たてにて五十といふ夫れ下町相場とて折かへして來る無かりきさるほどに此ほど朝まだき四十近かるべき年輩《としごろ》紡績浴衣《ゆかた》少しさめたる着て至極そゝくさと落つき無き差配もと來たりて見たしといふ案内して其處此處戸棚など見せてあるく其等こと片耳にも入れで四邊《あたり》靜にさわやかなる喜び今日より直にお借り申まする敷金唯今置いて參りまして引越し夕暮いかにも急速で御座ります直樣掃除かゝりたう御座りますとて何の子細なく約束とゝのひぬ職業問へばいゑ別段これといふ御座りませぬとて至極曖昧答へなり人數聞かれて何だか四五御座ります七八にも成ります始終《とほし》ごたごたして御座りませぬといふ妙な思ひし掃除すみて日暮れがた引移り來たりし相乘りかけ姿つゝみて開きたる眞直に入りて玄關おろしければには見えじ思ひしげなれど乘り居たる三十利きし女中一人十八には未だ思はるゝやう病美人にも手足にも血の氣といふもの少しもなく透きとほるやうに蒼白きいたましく見えて折から世話やき來て居たりし差配此人《これ》先刻《さき》そそくさ受とられぬ思ひぬ
樋口一葉「うつせみ」1895、冒頭
殉死する本人親兄弟妻子言うまでもなくなんの由縁《ゆかり》ないものでも、京都から来る針医江戸から下る上使との接待用意なんぞうわの空でしていて、ただ殉死ことばかり思っている。
森鷗外阿部一族」1913)
「長十郎お願いござりまする
なんじゃ
病気いかにも重体ようには見受け申しまするが、神仏加護良薬功験で、一日早う全快遊ばすようにと、祈願いたしておりまするそれでも万一申すことござりまするもしものことござりましたら、どうぞ長十郎仰せつけられますように
森鷗外阿部一族」1913)
五助は二人扶持切米取りで、忠利の牽きである。いつも鷹狩して野方《のかた》で忠利の気に入っていた主君ねだるようにして殉死許し受けた家老たち言った。「ほか方々高禄賜わって栄耀《えよう》したのにそち殿様牽きではないかそち殊勝で、殿様許し出たのは、この上もない誉れじゃもうそれよいどうぞ死ぬることだけ思い止まって当主奉公してくれい」と言った
森鷗外阿部一族」1913)
一体忠利は弥一右衛門の言うこと聴かついているこれよほど古くからことで、まだ猪之助といって小姓勤めていたころも、猪之助が「差し上げましょうか」と伺うと、「まだ空腹にはなら」と言うほか小姓申し上げると、「よい出させい」と言う。忠利はこの見ると、反対たくなるのであるそんなら叱られるというとそうでもないこのほど精勤するものなく万事気がついて手ぬかりないから叱ろといっても叱りようがない
森鷗外阿部一族」1913)
皆様機嫌いかがです?Как сте (днес)? 
(青木栄瞳(『野生のセロリ』1999)(Ейме Аоки, "Дивата целина" 1999)

2-2-1.
このあいびき先年仏蘭西《フランス》死去した露国では有名な小説家ツルゲーネフという端物《はもの》です今度徳富先生依頼訳してみました訳文我ながら不思議とソノ何んだこれでも原文きわめておもしろいです
九月中旬というころ一日自分さる座していたことあッた今朝から小雨降りそそぎその晴れ間にはおりおり生ま煖《あたた》かな日かげ射してまことに気まぐれな空ら合いあわあわしい白ら雲空ら一面棚引くかと思うとフトまたあちこち瞬く間雲切れしてむりに押し分けたような雲間から澄みて怜悧《さか》し気《げ》に見えるごとくに朗《ほがら》かに晴れた蒼空のぞかれた自分座して四顧してそして傾けていた木の葉頭上幽《かす》かに戦《そよ》いだその聞たばかりでも季節知られたそれ春先するおもしろそうな笑うようなさざめきでもなくゆるやかなそよぎでもなく永たらしい話し声でもなくまたおどおどしたうそさぶそうなお饒舌《しゃべ》りでもなかッたただようやく聞取れる聞取れぬほどしめやかな私語であったそよ吹く忍ぶように木末伝ッた照る曇るじめつくようす間断なく移り変ッたあるいはそこありとあるすべて一時微笑したように隈なくあかみわたッてさのみ繁くないほそぼそとした思いがけず白絹めくやさしい光沢《つや》帯び地上散り布《し》いた細かな落ち葉にわかに映じてまばゆきまでに金色《こんじき》放ち頭《かしら》かきむしッたような「パアポロトニク」(類いみごとなしかも熟《つ》えすぎた葡萄めく帯びた際限なくもつれからみして目前透かして見られた
ツルゲーネフ作・二葉亭四迷訳「あひゞ」1888、冒頭
殿様寵愛なされもので、それ荼毘当日に、しかも荼毘所の岫雲院の井戸はいって死んだというだけ事実見て殉死したのだという判断をするには十分であった。それ疑って別に原因尋ねようとする余地なかったのである
森鷗外阿部一族」1913)
長十郎は平生忠利の廻り勤めて格別懇意こうむっもので、病床離れずに介抱をしていた。
森鷗外阿部一族」1913)
2-2-2.
五助は二人扶持切米取りで、忠利の牽きである。いつも鷹狩して野方《のかた》で忠利の気に入っていた主君ねだるようにして殉死許し受けた家老たち言った。「ほか方々高禄賜わって栄耀《えよう》したのにそち殿様牽きではないかそち殊勝で、殿様許し出たのは、この上もない誉れじゃもうそれよいどうぞ死ぬることだけ思い止まって当主奉公してくれい」と言った
森鷗外阿部一族」1913)