て居り(ており)

01/07/2014 09:20

→「ており(て居り)

用例

長いこと物蔭にはまだ殘つ居り村端れ一片《ひとつ》青んでゐない晴れたそことなく霞んで雪消《ゆきげ》泥濘《ぬかるみ》處々乾きかかつためいた薄ら温かく吹いてゐたそれ明治四十四月一日ことであつた
學年始業式なので、S尋常高等小學校代用教員、千早健《ちはやたけし》平生より少し早目に出勤した白墨《チヨオク》汚れた木綿紋附擦り切れた長目穿いてクリクリした三分刈帽子冠らず――帽子有つてゐなかつた。――亭乎《すらり》とした眞直にして玄關から上つて行く早出生徒毎朝控所彼方此方から驅けて來て恭しく迎へる中には態々叩頭《おじぎ》する許《ばつか》り其處待つてゐるあつたその殊に多かつた平生三倍四倍……遲刻勝な成績惡いさへ交つてゐた。健直ぐ其等心々溢れてゐる進級喜悦想うたそして何がなく曇つた
その解職願してゐた
石川啄木足跡」1909冒頭
頼山陽寛政十二十一月三日安藝国広島国泰寺裏門杉木小路《すぎのきこうぢ》春水屋敷入れられ享和十二月六日まで屏禁せられ居り文化五月九日至つて、「門外為仕度段《つかまつらせたきだん》、存寄可被仕候《つかまつらるべくそろ》」と云ふ浅野安藝守重晟《しげあきら》月番達しに依つて釈《ゆる》された山陽二十一から二十六至るである疇昔《ちうせき》より山陽作るもの幽屏前後亘る情実知る困《くるし》んだ森田思軒も亦明治二十六七頼山陽時代草した同一難関出逢つたのである
森鷗外伊沢蘭軒」1916-17、冒頭