まんようしゅう(万葉集) 作品名

09/08/2016 18:59

まんえふしふ」]
歌集。20巻。数次にわたって編纂されたとみられ、少なくとも大伴家持が編纂に携わったことが推定されるが、最終的に現在の形にまとめた人物は不明。巻1~16までは基本的に雑歌《ぞうか》・相聞歌《そうもんか》・挽歌などの部立てによる編纂方針によって貫かれるが、巻17以降は年月日順で編まれ、部立てはみられない。成立は奈良時代末期とされる。仁徳天皇の皇后磐姫《いわのひめ》の作といわれる歌から天平宝字3年(759)大伴家持の歌まで約400年にわたる全国各地、各階層の人の歌が収められる。東歌・防人歌 《さきもりうた》などを含み、豊かな人間性を素朴・率直に表現した歌が多い。作者が皇族・貴族から遊女・乞食まで広い階層にわたることも事実だが、その中心が皇族・貴族・官人であったことも無視できない。特に、額田王《ぬかたのおおきみ》・柿本人麻呂山部赤人山上憶良大伴旅人大伴家持などが著名。歌体は、短歌 のほか 長歌 旋頭歌仏足石歌連歌の五体。初期の集団的な歌謡から大伴家持に代表される繊細優美な歌まで、上代歌謡の進展に伴うさまざまな歌を含む。現存する最古の歌集で、万葉仮名を多く用いている。まんにょうしゅう。Маньошу (поетична антология; съсътои се от 20 свитъка; счита се, че е съзадена в края на периода Нара)

用例

 の如く近來和歌一向に振ひ不申正直に申し候へば萬葉以來實朝以來一向に振ひ不申實朝といふ三十にも足らでいざ是からといふにてあへなき最期遂げられ誠に殘念致しあの人をして十年活かして置いたならどんなに名歌澤山殘したかも知れ不申兎に角に第一流歌人強ち人丸赤人餘唾《よだ》舐《ねぶ》るでも無く固より貫之定家糟粕しやぶるでも無く自己本量ママ屹然として山嶽高き爭ひ日月競ふ實に畏るべく尊むべく覺えず膝を屈する思ひ有之古來凡庸評し來りし必ずなるべく北條憚りて韜晦せしさらずば大器晩成なりし覺え立つにて文學技藝達したらん人間としては下等居る通例なれども實朝全く例外相違無之何故申す實朝器用といふのでは無く力量あり見識あり威勢あり時流染まず世間媚びざる例の物數奇連中死に歌よみ公卿迚も同日には論じ難く人間として立派な見識ある人間ならでは實朝如きある詠みいでられまじく眞淵極めて實朝ほめたなれども眞淵ほめ方まだ足らぬやうに眞淵實朝妙味半面知りて半面知らざりし故に可有之
正岡子規歌よみに与ふる書」1898、冒頭