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生徒(せいと)

29/01/2015 18:01

→「せいと(生徒)

用例

 越後三条生れなり兼ねたり伯父春庵とて医師なりよりは伯父愛せられて幼きより手習学問こと皆な伯父世話なりし自ら言う異ななれど物覚えよく聞て二三知るほどなりしゆえ伯父なお入れてこのこそ穂垂という苗字知らせまたその生国としてこのをも挙るものなれとていよいよ珍重して教えられ逢えばその吹聴さるる嬉しき思いますます学問入れしゆえ神童言われ十三小学校助教なれり名誉伯父面目ためには三条町幅狭きようにてこのばかりか近郷褒め草ある県令学校巡廻あり講義聴かれて天晴慧しきかなこれまで巡廻せし学校生徒うち比べるなし校長語られたりこの洩れ聞きてさてはこの冠たるのみならず新潟県下第一俊傑なりしこの県下第一ならば全国英雄集まる東京出るとも第二流には落つまじ俄かに気強くなりて密かに我と握りて打笑みたりこの頃考えには学者政治家などという区別考えなく豪傑英雄というのみにはありしなりさりければなおさらに学問励み新たに来る教師には難問かけて閉口させにはにも伯父にも開かせぬなり十五新潟出て英学せし教師教うるところ低くして満足せず八大家文読み論語さえ講義天下経綸せんとするオメオメと持つ持つ風船乗ってしつつ廻るのと児戯に類する学ばんや東京出でばかかるあるまじ深淵あらねば潜れず東京出て我が才識研ぎ驚かすほど大功業建てる天下第一大学者ならん一詩のこして新潟学校去り在所かえりて伯父出京語りし伯父顰め、「東京にて勉学望むところなりしかしまだ早し卑近なりとて知り覚ゆるだけ方便なり二三新潟にて英学なしその上にて東京出でよ学問にはよらじ上磨きだけ東京にてせよ止められ屈して一年独学したれどはしる如き出京志し弱き手綱繋ぐべきにあらず十七なりし決して伯父乞いもし許されずは出奔せん覚悟様子それ悟りて左まで思わば出京せよ許可得たり
饗庭篁村良夜」1889、冒頭
 長いこと物蔭にはまだ殘つて居り村端れ一片《ひとつ》青んでゐない晴れたそことなく霞んで雪消《ゆきげ》泥濘《ぬかるみ》處々乾きかかつためいた薄ら温かく吹いてゐたそれ明治四十四月一日ことであつた
 學年始業式なので、S尋常高等小學校代用教員、千早健《ちはやたけし》平生より少し早目に出勤した白墨《チヨオク》汚れた木綿紋附擦り切れた長目穿いてクリクリした三分刈帽子冠らず――帽子有つてゐなかつた。――亭乎《すらり》とした眞直にして玄關から上つて行く早出生徒毎朝控所彼方此方から驅けて來て恭しく迎へる中には態々叩頭《おじぎ》する許《ばつか》り其處待つてゐるあつたその殊に多かつた平生三倍四倍……遲刻勝な成績惡いさへ交つてゐた。健直ぐ其等心々溢れてゐる進級喜悦想うたそして何がなく曇つた
 その解職願してゐた
石川啄木足跡」1909冒頭